256 隠しポケット
翌朝ルーファスはイザークと会うために部屋を出た。
その後ろ姿を見送った後、マリアはトランクケースから裁縫道具を取り出して、手慣れた仕草で針仕事を始める。
今、マリアの手に握られているのは、くたびれてしまったワンピースだ。
腰の部分に大きめのリボンがあしらわれている可愛らしいデザインだが、機能性にも優れているので、マリアはとても気に入ってよく着用していた。服と同色同素材でできているリボンは、大きさのわりには上品であまり目立たない。
彼女はそのリボンの輪になっている部分を袋のように縫い付けて、その中にクルーガー侯爵からもらった紫色の小瓶を隠した。
(叔父様。万が一の場合に備えて、眠り薬をお借りします)
ルーファスの家族との初顔合わせのときに着るつもりだった装いは、その日のために取っておくことにして、今日は立派に囮としての役割を全うするため、格好から考え直していた。
小瓶を潜ませたリボンは、外から見ても何の違和感もなく、形も崩れていない。出来映えは上々だと1人でこっそり胸を張る。
(どうか私をお守り下さい)
マリアは服に頬擦りをして、まったく頼りにならない叔父のマレーリーに願いをかけた。何の効果もなさそうな自覚もなく、早速着替えて鏡の前でくるりと回る。数秒後にはふわりと宙に広がったスカートが落ち着いた。
(大丈夫、きっと大丈夫)
マリアは呪文のように自分自身に言い聞かせた。ルーファスの前では頑張って強がって見せたけど、1人になると今さら不安になってしまう。悩んだりした時にはいつもルーファスに励ましてもらっていたのに、今回に限っては、自分から言い出した手前、彼に甘えることも許されない。
それに何せマリアはマリアだから、こういう作戦の類いは本来まったく向いていない。叔父の小瓶は念のためのお守りだが、効果のほどは不明だ。
そのとき。
油が切れた扉がゆっくりと開かれた。
戦いの開始を告げる軋んだ音に、マリアは気持ちを引き締めた。
叔父さんの小瓶の中味は媚薬です。でもマリアは睡眠薬だと思っています(-""-;)
マリア、大丈夫??




