254 家を出る決断
「自分の本当の息子さんまで、棄てて逃げたの……?」
それまで黙って話を聞いていたマリアが思わず口を挟んでいた。
継子いじめは古今東西よく聞かれることではあるが、それはひとえに自分の子ども可愛さが原因だ。自分の子さえも見捨てたその女は、毒婦と言ってもまったく差し支えはないだろう。
「本当に情けないよな。自分の子どもにさえ愛情をかけていなかったような女を、『母親』として信じきっていたなんて」
ルーファスは自嘲したが、マリアは何とも答えようがなかった。目の前に当然の如く存在しているものを疑うことは、誰だって難しい。
「家に帰ってからは、俺も周りの人間も、失われた時間を取り戻すために必死に努力したと思う。……でも結局1年ももたなくて、アストリア騎士団に入ることを理由に家を出たんだ」
親に甘えるほど子どもらしくはいられなくて、自分の気持ちを隠して生きるのに慣れ過ぎていたルーファスは、どうするべきか、あるいはどうしたいのか、よくわからなくなっていた。
行方知れずのあの女が憎い、更には可哀想なほど反省と後悔に苛まれている父親さえも許せない。憎悪の猛獣が心の中を闊歩するのは、やはりどうしても苦しかった。
感情が理性に勝てず、器用に取り繕って見せる笑顔の裏で、心の内に日々澱が溜まっていく。
息苦しい毎日の中、家族よりも他人といた方が気が楽だと思うようになり、家を出る選択をした。
「お家を出ていくことに、お父様は反対しなかったの?」
ルーファスは大切な嫡男だから、他国に行かせたくはなかっただろう。
「その頃父親は元気だったから、家を継ぐといっても時間がまだあったし、負い目のせいか、俺のしたいようにさせてくれた。
尤も、家を継いでほしいと一応は言われていたさ。でもどうしても嫌な場合は、妹に婿養子をとると言ってくれていた」
マリアはふと気になった。
「前にあなたとお話したとき、ご両親と妹さんがいるって言っていたわよね?」
弟がいなくなった理由はわかったが、両親揃っているような口ぶりだったので念のため確認する。
「ああ、そのことか。叔母が父と再婚したんだ。父親は多忙で家のことまで手が回らなかった結果、あんなことになってしまった。だから同じ過ちを繰り返さないためにも、しっかりした女主人がいた方がいいと思って、俺が家を出るときに結婚してもらった。明らかに2人はお互いを想い合ってる雰囲気だったしな」
叔母も若くして夫を亡くした身であり、子どもがいない分、甥姪のルーファスとジルを我が子のように気にかけてくれる。
マリアは安心して表情を緩めたが、すぐに神妙な顔に戻った。
「でも私、知らなかったわ。うちに来たとき、あなたがそんなに大変だったなんて……」
「マリア以外は何となく気づいていたさ。エドも遠巻きにしてたしな。でも今の俺があるのは紛れもなくマリアのおかげだ。お前が全面的に俺を慕ってくれたから」
「私のおかげ?」
「最初は正直鬱陶しかったけどな。後ろを引っ付いて回るお前があまりにも危なっかしくて、目が離せないでいるうちに、いつの間にか俺も変われたんだ」
次で過去話はおしまいです。いつも読んでいただき、ありがとうございます(*´∀`)




