252 ルーファスの過去5
R15ですが、そういうシーンはありません。
父親が告げたのは衝撃の事実だった。
「お前の本当の母親は、妹のジルを産んですぐに亡くなっている。私たちを苦しめたあの女は、私の妻でもお前たちの母親でもない、ただの使用人だ」
「……!」
ルーファスは言葉を失った。生さぬ仲の母子であろうとは覚悟していたが、まさか完全に他人だとは思っていなかった。
父と叔母、そしてルーファスだけの部屋に、時を刻む音が無機質に響く。
「あなたのお母様……私の姉はもともと身体が弱かったのよ。でも少し調子が良くなったときに、ジルを授かって……。出産は無事に終わったけれど、産後の肥立ちが悪くて、そのまま亡くなってしまったの。あなたはまだ人の死が理解できなかったみたいで……でもひどく情緒不安定になっていたわ」
血の繋がりを感じさせる容貌で、叔母は悲しそうに目を伏せた。当時を思い出したのであろう弱々しい肩に、父がそっと手を置く。
「あなたのことは心配だったけれど、私はまた夫について国を離れなければならなくて、あなたのお父様から連絡があるまでは、その後のことは全然知らなかったの」
「外国にいたんですか?」
「昔はね。私も夫を早くに亡くしたから、今は故国に戻ってきて、あなたを探すお手伝いをしていたの」
話が若干逸れたため、父と叔母が会話を引き継ぐように目配せした。
「妻が亡くなったとき、家業がちょうど転換期を迎えていたんだ。多忙で家を不在にすることが多かった私は、子どもたちの世話を、ある使用人の女性に完全に任せていた。その人は笑顔を絶やさないとても気持ちの良い女性でね、私も信頼しきっていたよ」
そうして父親は、頭を抱えこんで呻くように話す。
「だが、それが間違いだったんだ。何度目かの長期出張から帰ってきたら、いつの間にかその使用人が完全にお前たちの『母親』になっていた。子守りを担当していたその女性を、お前たちは『お母様』と呼んで慕っていたんだ……。
そのとき、私が頼りにしていた家令も体調を崩していてね。私が指摘するまで、気がつかなかったらしい」
「その女性というのが……」
「ああ、あの悪魔のような女だ」
うなづいた父親の顔に、凄絶な後悔の念が滲む。
「私はそこでまた間違いを犯した。我が子が2度も母親を喪ってしまうのは忍びないと思い、それを放置したんだ……」
子煩悩な父は仕事で子どもたちを構ってやれないことに強い罪悪感をもっていた。それが判断を誤らせたのは確かだが、ルーファスは寒気が止まらなかった。
「最初から、俺の見ていた光景は幻だったのか……。でもどうして……」
ルーファスは愕然として力無く拳を握る。すべてはまやかしに過ぎなかったのだ。ちゃちな「家族ごっこ」に興じていた自分に吐き気がする。だがあの女を慕っていたことは彼もまたはっきりと覚えているのだから、父親ばかりを責められない。ルーファスは話の途中で唇を引き結んだ。
しかし次の言葉は聞き捨てならないものだった。
「ある日、私は一夜の過ちを犯した……。そしてその女が妊娠した」




