247 隣に立つために
「え……」
「マリアが囮……?!」
前のめりになっていたマリアとエドの気持ちに、急速にブレーキがかかる。ルーファスは嘆息し、ベッドに腰を下ろした。
囮捜査はよくある手法だが、危険を伴うため、通常は訓練された人間が囮になる。当然のことながら、マリアはそのような訓練を受けたことは1度もない。
「マリアを囮にすれば、その人身売買組織の上の方を確実に引きずり出せるからだ。
奴隷の価格は年齢や容姿、女であれば処女であるか……そういった様々な要素から複合的に決まるが、容姿に関して言えば、その最高峰は金髪に水色の瞳……つまりお前だ。
過去にウィスタリア王家の血をわずかに引く女が市場に出たときでさえ、王都で庶民が何不自由なく一生暮らせるくらいのとんでもない価格がついたらしい。
だからこそ莫大な財力をもつ大物しか、その買い手になれない。そしてそういった上客に売るためには組織側もトップに近い人間が出てくるだろう」
ルーファスは能面のように、誰にも感情を読み取らせなかった。
「マリアを薄汚い欲望の対象にさせることが、俺は許せなかった。だから途中で話を抜けてきた。もう話したからいいだろう? 疲れたから、エドは早く出ていけ」
「ルーファスさん……」
「疲れた」とはっきり言ったルーファスに、なぜかエドが不安そうな顔をした。
「今夜はマリアに手を出さない。約束する」
「……わかりました」
エドは神妙な様子で部屋を出て行き、マリアはルーファスのすぐ横に座る。
「ルーファス……大丈夫?」
「ああ、予定通り、明日出国しよう」
ルーファスに抱き寄せられ、マリアはそのまま身を任せた。
「……ねぇ、ルーファスは本当は手伝いたかったんじゃないの?」
「そんなことはない。厄介事は最初から御免だった」
「本当に? だってさっき、私を囮にするのが許せなかったって言ったもの。逆に言えば、私が囮じゃなかったら手伝っていたのよね? それに話しているとき、とても辛そうな顔をしていたもの……」
ルーファスは苦笑した。
「誰が、そんな顔していたって? 考えすぎだ」
マリアは悲しかった。感情を隠しているルーファスも、そうさせてしまう自分も。
「ルーファスが私のこと、すごく大切にしてくれているのは、よくわかっているの。でも……」
引っ掛かっていた言葉が形をつくり、意味を為す。ルーファスにとってマリアは、甘やかして庇護すべき対象なのだ。
エドがマリアを対等なパートナーとして扱ってくれたことが、その気づきのきっかけになったのかもしれない。
もし一緒に旅をしていたのがエドだったら、マリアはここまで無事ではいられなかったと思う。そもそも彼ならば、旅立ちに際して、マリアと助け合うことを前提とするだろう。
しかしルーファスは違う。常に先を歩く彼の後ろを、マリアはついて来たに過ぎない。道中色々な困難があってもすべて彼が何とかしてくれた。
(ルーファスの重荷にはなりたくない)
マリアは少しでも対等なパートナーに近付きたかった。
「私はこれからの人生を、あなたと並んで歩きたいの。今のままでは、あなたは私よりずっと速く歩けるのに、私のためにわざとゆっくり歩いては、時々止まって手をさしのべてくれるのよ。私に降りかかりそうな危険は、あらかじめあなたがすべて排除して……」
ルーファスの腕に抱かれていたマリアは、彼の顔を見るために逞しい腕を外す。
「あなたは……隣を歩けない子どものような女を妻にしてもいいの?」
「マリア……」
甘やかしてくれるのはうれしいが、このままではルーファスの隣に立つ資格がいつか無くなってしまうような気がして、マリアはそれが怖かった。
「私は囮でも何でもなるわ。あなたのしたいようにしてほしいの」
「いや、俺が嫌なんだ。お前だけは失いたくない。もし万が一失敗して、お前に何かあったら……」
「ルーファス、私を信じて。それに……そんなに怖れるのはあなたの過去が関係しているのでしょう?
もし良かったら、あなたのすべてを話してほしいの」
次話でルーファスの過去がわかります。




