240 壁が薄いのでやめてください
R15ですが、そういうシーンはありません。
オレイユの街に着いた頃には、もう日がとっぷりと暮れてしまっていた。
宵闇でもまだ商店が開き、人の往来がそれなりにあるのは、国境の街ならではの活気と言えよう。
今夜はイザークの常宿に空きがあったので、マリアたちもそこに泊まることが決まった。
イザークの常宿といっても、特権階級専用の宿ではなく、特筆すべきところは何もない一般的な古宿だ。飲食の提供もないので、あらかじめ外で腹を満たしてから宿に入る。
宿泊を希望したエドのため、ルーファスが2つだけ部屋を取ると、それを後方で見ていた本人はぶつぶつと何事かを呟いていた。俯いている顔は暗く、目は死んだ魚のようだ。
マリアが聞き取れたのは「まさか今夜も……」の部分だけだったので、「今夜何かあるの?」と顔を覗きこんでみれば、虚ろな目は落ち着かなく宙を彷徨った。マリアは意味がわからず首をかしげる。
所定の手続きを終え、歩く度に軋んだ音を立てる古ぼけた廊下を進むと、今夜宿泊する部屋が見えてきた。
マリアとルーファスは同室で、エドはその隣の部屋だ。
油の切れたぎこちない扉をルーファスが支えてやり、マリアを先に部屋に通すと、廊下で拳を握りしめて突っ立っているエドを振り返った。エドもまた目に力を込めて睨み返す。
「今夜は自重してくださいよ! 壁が薄いんですから」
ルーファスはフッと意味深に口の端をもちあげた。手に入れた男の余裕が滲む。
「今夜はイザーク様の手伝いをしてくる。何時になるかわからないから、非常時はマリアを頼む」
「ほっ……」
エドは心底安堵した。他の男に好きな女が喰われている声なんて聞きたい訳がない。それでもルーファスに信頼され、マリアのことを頼まれたのは何となく誇らしかった。
しかしルーファスはそんなに優しくはない。大切な女に邪な気持ちをもたせないように、苛めなければ気が済まない。
「安心しろ。そんなに心配しなくても、マリアの色っぽい声は、お前なんかに聞かせない」
その言葉にエドが呆気にとられていると、間髪入れずにルーファスが続けた。
「絶対に手を出すなよ」
「は、はい!」
「……出したら、どうなるかわかるよな?」
「ひ……!」
ルーファスの冗談ではない殺気に、エドは何も言い返せなかった。悔しさが喉の奥から込み上げてヒリヒリするのに、緩慢な動きで閉まる扉をただ見つめることしかできない。
生まれたままの姿で抱きあう2人の姿が扉越しに見える気がして、唇を強く噛み締めた。




