23 月明かりの誓い
マリアは自分の身に起こったことを、なかなか受け入れることができなかった。
早くこの屋敷を出ていかなければいけない、でもどこへ行けばいいのか。生まれてからこの屋敷を出たことがない、それでもこのままここにとどまれば、クルーガー侯爵と結婚させられてしまうという。
頭が混乱して、考えが纏まらなかった。
以前は侯爵に嫌悪感はもっていなかったが、今はこんな強引な手段で、自分を無理やり手に入れようとしている彼のことが怖い。
マリアは気がつけば屋敷の門のところまで来ていた。月明かりの淡い光が、行く当てもない彼女の孤独を浮き彫りにする。
「お嬢様」
後ろからルーファスの声が聞こえた。後を追ってきたのは彼だけのようだ。
「……ルーファス、私はどこに行けばいいの?」
マリアは振り返ることもできずに呟いた。涙がポロポロと白い頬を伝う。
「行く場所がないなら、私と一緒に里帰りしませんか……? お嬢様もおっしゃっていたでしょう、両親に顔を見せた方が良いって」
マリアが振り返ると、ルーファスは少しずつ彼女と距離をつめた。
「でも、私が行ったらご迷惑じゃ……。それにルーファスはお仕事があるでしょ?」
マリアの目の前まで来たルーファスは、彼女の涙を指の腹でそっと拭った。
「こんなときまで、人の心配ですか?」
ルーファスは呆れたように静かに笑う。
「お嬢様は細かいことを気にしなくて大丈夫ですよ。とりあえず私とこの屋敷を出ましょう」
月明かりの中、ルーファスは騎士が忠誠を誓うように、マリアの前に膝をついた。紺碧の強い瞳で彼女を射抜く。
「お嬢様、あなたのことは、私がこの命にかえてもお守りします。どうか私を信じてついてきてください」
マリアは感極まって、また涙を流した。彼女は久しぶりに、幼い頃のあのままに、ルーファスに抱きついた。
彼はその大きな身体で、ただ優しく抱きしめてくれた。




