232 遊ぶならスマートに
R15 大人の関係を許容する表現が含まれます。
クルーガー侯爵の登場で空気が引き締まったと同時に、エメラダ王女のやや険のある顔がくしゃりと歪んだ。
マリアとルーファスは早すぎる再会に驚きを隠せない。
「来てくれたのね! 聞いてちょうだい! ベイナード様が……」
「何も仰らずともわかっております。さぁ、涙を拭いてください。せっかくの美貌に、涙は似合わない」
「まぁ……」
王家の藩屏たるクルーガー侯爵の存在は、王女に年相応の弱さと羞じらいを思い出させた。彼は不実な王太子に傷つけられた王女を優しく慰めると、へたれこんだままの王太子を冷ややかに見下ろす。
「王女殿下との婚礼の準備が遅々として進んでいない中、恋人と逢瀬とは、王太子殿下は随分と余裕でいらっしゃる」
すると王太子は焦った様子で、先に復活していた騎士たちの力を借りて起き上がった。
王女は所詮駆け引きも知らぬ身分が高いだけの小娘だが、侯爵は違う。交渉事においては、隙を見せれば骨の髄までしゃぶられると、ガルディア王国内では評判の男だ。
身体中から嫌な汗が吹き出てくるのを感じながら、王太子は即座に否定した。
「そういう訳ではない……!」
「それでは説明していただきたい。今の王太子殿下のご様子だと、我が国の王女殿下より噂の異民族の恋人を優先しているとしか思えません」
侯爵は芝居がかった仕草で考えるふりをする。
「ああ……良いことを思い付きました」
「な、なんだ?」
「もしよろしければ、アストリア国王及びガルディア国王に私から奏上してさしあげましょうか。王太子殿下には心を決めた女性がいるので、王女殿下は弟王子に嫁がせるべきだと」
「そ、それは……困る!」
「それでは身辺整理をしていただけますね?」
「別れる! 別れるから!」
王太子には第8王子のイザークを含めて、多くの弟がいた。彼と同じ王妃腹の王子もいて、同腹の王子がアストリア王国の王女を娶れば、王太子の首がすげ変わる可能性は高い。
侯爵とて女遊びに理解がない訳ではなく、むしろ理解はある方だと自負しているが、スマートに遊べない男はすべきでないと考えていた。ましてや婚約者は他国の王女であり、本人の耳に入る時点で完全にアウトだ。
さらりと王太子を脅してみせた侯爵は、輝く白い歯を覗かせて、眩しい笑顔で言った。
「それでは女性関係の清算をお約束していただいたところで、今から婚儀について話し合いましょうか。すべてが決まるまで、じっくりと」
肩を落として生気なく退出していった王太子とは対照的に、王女の足取りは羽のように軽かった。
しかし王女が移動するとなれば、当然のことながらエドもついていかなければならず、マリアはエドに婚約の経緯を説明することができなかった。
ちなみに侯爵はというと、マリアと目が合うと悪戯っぽくウインクした。
「これでようやく国に帰れる」とすれ違いざまに囁いて。
エメラダ王女は結婚式について無理難題を言っていたので、話し合いが難航しておりました。
それについては、166話に少し書いてあります。




