231 「ごめんなさい」の気持ち
エメラダ王女の背後で激しく動揺しているエドを見て、記憶の糸を手繰り寄せてみたマリアは、すぐにあることに思い至る。無意識に「あ」と声が漏れていた。
(私、ルーファスに失恋したと思い込んで、エドに手紙で相談したのよね。
それなのに……、再会したその日にルーファスが私のことを『婚約者』として紹介したら、エドが驚くのも当たり前だわ……。
でも好きな人がルーファスだなんて、私は一言も書かなかったから、もしかしたら移り気な女だと思われて、エドに軽蔑されている可能性も……)
ぐるぐると情けなく思考が巡り、マリアは頭が痛くなってきた。
ルーファスから手紙を出したことを注意されたので、その後の説明ができなかったという経緯もあるが、それでも恋の相談を送りつけた以上、早めに報告するのが誠意であろう。
(この後、エドとお話できる時間があると良いのだけれど……。どちらにしても、必ず私の口から説明するから待っていてね)
エドの恋心はわからなくても、説明が遅れたことに対する深い罪悪感がわかりやすく顔に出る。素直なマリアの顔には、「ごめんなさい」の気持ちがはっきりと書かれていた。
それを見たエドは、先程の違和感が確信に変わった。そして絶望が彼の中にじわりと広がっていく。
(ま、まさか……ルーファスさんは、既にマリアを自分のものにしたってことか? その申し訳なさそうな顔はなんだ……!)
そうやって、マリアとエドが視線だけで噛み合っているのかよくわからない会話をしているうちに、マリアの泥棒猫疑惑は晴れたようだ。王女はにっこりと笑う。
「わかったわ。こちらのマリアは、ベイナード様とは無関係なのね」
ルーファスはひとまず肩の力を抜いた。王女は思い込みの激しい性格だが、話は通じたらしい。
「それにしても、あなたにお相手がいたなんて知らなかったわ」
王女は切なげな吐息を漏らして、マリアを見た。ルーファスはいつものように、マリア以外の女の気持ちはすべて無視する。
「アジャーニという姓と、その容姿。まさかあなたの婚約者が、我が国で人気の恋物語の主人公の、忘れ形見だったなんてね」
王女は顔面蒼白のエドを意味深に振り返った後、マリアに近づいた。
「ルーファスはとても人気があったのに、どのご令嬢にも靡かなかったのよ。羨ましいわ」
「……そんな、畏れ多いことでございます」
マリアは王女に「羨ましい」などと言われ、身をちぢこまらせた。マリアとて、王女の気持ちを理解できない訳ではない。
王族として生まれ落ちたその時から、つまらぬ私情は捨てなければならないのだ。ましてや王及びその嗣子に嫁ぐとなれば、なおさらのこと。
王統の保持という大義名分のもと、後宮は王家の安定のために絶対的に必要とされている。しかしながら、すべての女性は愛する人の唯一の存在になりたいという願望をもっているのだから、女性の心を無視した仕組みなのは紛れもない事実であった。
暴力は許されないし、王女の自覚が足りないことも問題ではあるが、マリアは王太子の方に点が辛くなってしまう。それがたとえ、仕方のないことだとわかっていても。
そのとき、玄関扉が軋むように開く音がした。
皆がそちらに視線を向けると、部下を引き連れたクルーガー侯爵が厳しい表情で立っていた。
重々しく扉が閉まり、またホール内に緊張が走った。
マリアの両親のロマンスは、アストリア王国で人気の舞台となっています(163話で少し触れましたが……)
エメラダ王女のルーファスに対する気持ちは「憧れ」です。どの程度かはご想像にお任せします。
彼女は王太子との結婚に何とかして幸せを見出だそうとしているので、尾を引くことはありません。




