230 婚約したなんて聞いてない
距離が離れていたことや素早く防御したことが功を奏し、マリアとルーファスは超音波攻撃の餌食にならずに済んだ。
「マリア! ルーファスさん!」
人柄そのままの明るく快活な声がホールに響くと、エドは人目も憚らず、腕が外れそうな勢いでブンブンと手を振る。
「エド!」
マリアもまた、大切な幼なじみとの再会がうれしくて、身を乗り出すようにして手を振り返した。それに続いて、ルーファスも軽く手をあげる。
マリアたちの一連のやりとりに、屋敷内の殺伐とした空気が予期せずして薄くなった。毒気を抜かれたエメラダ王女は、説明を求めてエドの脇腹を小突く。
「ちょっと、私にもわかるように説明しなさいな。あの金髪の子は知り合いなの? それに今、気がついたのだけれど、あの子の隣にいるのは、ルーファス・ジルクリストではなくて?」
「はい。実はですね……」
説明を聞いて溜飲を下げた王女は、マリアたちに階下に来るように命じた。エドがその伝令を買って出る。
「マリアと、ついでにルーファスさん、こんなところで会えるなんて! 王女殿下がお話があるそうです」
「ついで扱いか……。舐めた口をききやがって」
迎えに来たエドの失礼な物言いはルーファスを呆れさせた。エドはその不穏な低音を聞き流し、マリアの細い腕をとる。
「あ、ルーファスも……」
マリアはルーファスがついてきてくれるか不安になり、頼りない声を上げた。それを聞いたルーファスがさりげなくマリアを取り戻すので、エドはその行為に微かな違和感を覚えて鼻白む。
(ルーファスさん、まるでマリアを自分の女みたいに……)
もやもやを抱えたエドに伴われ、マリアたちは王女の前に出た。エドは2人を残して王女の背後に下がる。
「お久しぶりね。ルーファス・ジルクリスト」
王女はルーファスの名前を、何かしらの感慨をもって呼んだ。王女はアストリア王国最強の騎士であり、何度か近衛騎士の代役を務めた彼のことをよく覚えていた。
そしてルーファスのやや後ろで、遠慮がちに佇むマリアの姿を確認すると、ほんのわずかに目をそらした。
「大体のところはこちらのエドから聞きました。けれど、いくつか教えてちょうだい。あなたたちはなぜ他国の王族の屋敷にいるのかしら?」
「はい、恐れながら申し上げます。私は家業を継ぐために、アストリア騎士団を退団いたしました。ここにいるのは旅の途中、こちらのイザーク殿下と縁があり、滞在をお許しいただいたからです」
超音波攻撃から復活していないイザークを確認した後、ルーファスはマリアに目配せをする。
「彼女は私の婚約者で、私の祖国であるルシタニア王国で婚礼を行うため、共にここまで旅をしてきました」
「ああ、あなたは東方の出身でしたね」
その会話に、過剰反応する男が1人。
「婚約者ぁ?!」
素っ頓狂な声を飛ばすエドを見て、マリアは「あ」の形に口を開いた。




