229 泥棒猫
マリアが見守る中、赤い髪の騎士は王太子を庇うように王女の前に立ち塞がった。実際のところ、その年若き騎士が身を呈して守っているのは、彼の主つまり王女に他ならない。
彼は臆する様子もなく、同じ歳の主のために直言する。
「王女殿下。おやめください」
騎士はその金色がかった神秘的な緑の瞳で、王女を強く射抜いた。男性特有の迫力に、男慣れしていない王女はビクリと肩を震わすが、王女のプライドにかけて精一杯の虚勢を張る。
「な、何よ! 一介の騎士風情が、この私の邪魔をしないでちょうだい!」
「王女殿下」
もう一度、叱るように呼び掛けられると、王女は少しだけ落ち着きを取り戻したように見えた。
「ふふ、わかったわ……。ベイナード様に手をあげてはいけないわね」
自嘲と悲しみが混在する複雑な笑みを漏らし、行き場を失った右手をゆっくりと下ろした。しかしすぐにその顔に、穏やかならぬ表情が浮かぶ。
「ベイナード様は悪い女に騙されてしまったに違いないわ。哀れなお方……」
誰に聞かせるわけでもなく一人ごちながら、王女は誰かを探して、女性にしてはやや太めの首を不気味に動かし始めた。
どうやら王女は、王太子の恋人の方に憎しみの照準を合わせたらしい。その直後、赤毛の騎士に視線を奪われていたマリアと、王女の剣呑な瞳が交差してしまった。
憎しみに曇る瞳に映るのは、自分の婚約者を誑した天使のような悪魔のみ。悪魔の隣にいる男の姿なんて目に入らない。
食い入るように自分たちを見つめていたあの娘が部外者であるはずがないと、王女は頭から思い込んだ。
「わかったわ……あの金髪の女ね。私の愛しのベイナード様を誑したのは……」
ぶつぶつと呟きながら王女は邪悪に口元を歪ませた。そして、もう一度大きく息を吸う動作に入る。
時が止まるほどの静寂、そして……。
「この、泥棒猫がぁぁぁぁぁ!!!!!」
王女の嫉妬に狂った絶叫が炸裂した。
2度目の超音波攻撃に意識を取り戻した者は耳を塞ぐが、至近距離ゆえ防ぎきれない。また屍の山が築かれる……。
しかし、硝子を爪で引っ掻いたような不快な高音をものともせず、赤毛の騎士だけはまたすっくと立ち上がった。
「王女殿下、落ち着いてください」
「あの女が! あの女が、きっとベイナード様を!」
今いち要領を得ない王女の言葉に戸惑いながら、青年騎士はゆっくりと彼女の指の先を見た。そして驚きで目を見開く。
「マリア!!」
猫パンチだけに、泥棒猫(笑)
エメラダ王女はそんなに悪い人ではないので、安心してお読みください。




