228 赤い髪の騎士
すぅぅっと、エメラダ王女が勢いよく息を吸うと、お付きの騎士たちの目が彼女に釘付けになった。
王女の腹が膨らむ度に、視線も空気も何もかも、その立派な腹の中に飲み込まれていく。すべては数秒のことなのに、スローモーションのように皆の目にはっきりと焼き付いていった。
痛いほどに静まり返ったホール……そして。
「私という女がありながらぁぁぁぁぁ!!!!!」
王女の絶叫が静寂を切り裂いた。
ガッシャーン!!!!!
何かが割れた音がして、周りの人間が次々と膝を折る。驚いた誰かが食器を盛大に落としたらしい。
「ルーファス……まさかこれが超音波攻撃……?」
しかし、マリアを庇って鼓膜がやられてしまったルーファスから、その返事が返ってくることはなかった。
階下を眺めてみれば、エメラダ王女の側近の騎士たちは耳を塞いで踞り、至近距離で耳を塞ぎ損ねた王太子及びその側近の騎士たちとイザークは、苦悶の表情で座り込んでいた。中には気を失っている者もいる。
さすがに王女に仕えている騎士たちは、何とかして己の身を守ろうとしていたが、彼女の無慈悲な超音波は、そんな努力を高らかにあざ笑う。
事態を飲み込めず、茫然自失の王太子の前に、王女が優雅かつ大胆に歩み寄った。膝立ちの王太子を間近に見下ろし、右手を大きく振りかぶる。
「ベイナード様……歯を食いしばってくださいませ……!」
いかなる理由があろうとも、次期国王たる王太子に暴力を振るうことは許容されるはずがなかった。すなわちその手が振り下ろされたが最後、結婚が立ち消えになるどころか、外交問題に発展するだろう。
超音波攻撃の余波で誰も動けない中、アストリア王国エメラダ王女が、ガルディア王国ベイナード王太子に華麗なる一撃を喰らわそうとした、そのとき……。
マリアは、赤髪の騎士がただ1人敢然と立ち上がるのを目撃した。よく知っている焔の如く赤い色に、彼女は思わず息を飲む。
「まさか……」




