226 猫パンチ+2
時計の針が何度もその頂点を通り過ぎた後、ルーファスは愕然と立ち尽くしていた。彼の腕の中には、ぐったりと身体を預けるマリアがいる。
尤もルーファスとしては、そんなに激しく稽古をつけたつもりはない。おそらくマリアはただ眠いだけだろう。
「……想像以上だった。本当に申し訳ない。……俺はマリアを、舐めていた」
血を吐くように苦しげに呻くルーファスに、マリアは眠い目をこすりながら尋ねる。
「本当……? 少しは強くなった?」
「いや、まさかここまで出来の悪い生徒だとは思わなかった。もうお前は卒業だ。俺に教えられることは何もない」
一方的に卒業させられたマリアは、鈍器で頭を殴られたかのようにショックを受けていた。
「……っ! そんな……お師匠様! 私を見捨てないで!」
マリアはぶら下がるように、ルーファスにすがりついた。彼はゆっくりと首をふる。
「護身術はマリアには無理だ。いざとなったら、頭突きするなり、噛みつくなり、力の限り抵抗しろ。急所は教えただろ?」
猫パンチから2つだけ増えた技らしきものに、マリアは渋々頷いた。
「はい……そうします……」
ルーファスはマリアの頬を両手でそっと包んだ。
「というか、お前、最後の方は寝ながらやってただろ? お子様はさっさと寝ろ」
「もう、また子ども扱いして! そんなこと言うなら、本当に寝ちゃうんだからっ……」
気力だけで睡眠欲に抗っていたため、ぷつりと糸が切れたマリアは一気に落ちる。
ふらふらと天蓋のヴェールの中に消える後ろ姿を、ルーファスは目で追った。
(守られているだけでは嫌だということか。だが、どんなに教えたところで、マリアは人を傷つけられないだろうな。たとえそれが、正当防衛だとしても……)
それはマリアの長所ではあるが、致命的な短所でもある。そのことでいつか足元をすくわれるときが来るかもしれない。
密やかに嘆息したルーファスが、灯りを消してベッドに入ると、マリアは既に健やかな寝息を立てていた。
「やっぱり、子どもだな。今日婚約したのに、あっさり寝やがって……」
マリアの無防備な寝顔を少しだけ恨めしく思いながら、そっとブランケットをかけ直す。
「でも俺のところに帰って来てくれたから、許してやるか」
ルーファスは最愛の人を起こさないように優しく抱きしめた。心安らぐ温もりを感じ、今日は久しぶりによく眠れそうだ。
たとえその睡眠時間が、いつもより短かったとしても。




