225 特訓の成果
「今回はたまたま大丈夫だったけれど、いつどこで何があるかわからないって、やっと気がついたの」
驚いたように黙ってしまったルーファスに対し、マリアはその考えに至った経緯について、訥々と言葉を編んだ。
「……だから、私に護身術を教えてください」
決意を込めてルーファスを見つめるその瞳は、はっきりと緊張している。
「マリアに護身術か……」
呟きながら、ルーファスは「似合わないな」と内心で苦笑した。
今日は正式な婚約をかわした初めての夜で、彼女がその身に纏っている清楚な夜着は、護身術を学ぶためのものではないはずだ。
マリアの容貌にも、性格にも、そして今の格好にも、護身術は似合わない。
しかし真摯なマリアの気持ちを踏みにじることは避けたかった。
それに2度あることは3度あるという。昔からの格言は、大抵の場合間違っていない。
マリアは2度クルーガー侯爵によって拐われていて、当の侯爵は改心しているものの、彼女の容姿が嫌でも人目を惹くことを考えれば、いつ狼藉者に狙われてもおかしくはなかった。
「わかった。いつも俺がそばにいられるとは限らないからな。教えてやる」
ルーファスが内心の葛藤を隠したまま受諾すると、マリアは忽ち顔を明るくした。
彼はすぐに、女性でもできそうな攻撃や返し技を、繰り返し丁寧に教える。
そして……。
「えいっ!」
「…………」
「やぁ!」
「…………」
マリアは技を披露した後、今は師匠となっている恋人を見上げた。彼女のセルフイメージでは、どの技も掛け声とともに格好良く決まっている。
しかしルーファスは苦味走った顔をしていた。
「その猫パンチは何とかならないのか?」
「猫パンチって、強いの? なんだか弱そうだけど……」
「はぁ、そこからか。まぁ、マリアにそういう才能はまったく期待してないから、気長にやろう」
「少しは期待して?」
しょんぼりという言葉を具現化したかのように、マリアはわかりやすく肩を落とした。
か弱い身体で健気に努力をする姿に、何とかしてやりたいとルーファスの義侠心が煽られる。彼は優しく頭を撫でた。
「そんなに落ち込むな。そもそもマリアは小柄で華奢だから、相手を倒すことは考えなくて良い。逃げるための隙さえ作り出せれば、それで充分だ。一緒に頑張ろう」
ルーファスの愛情のこもった励ましに、マリアはもう一度、その麗しい顔容を上げた。
護身術の練習が、いつか役に立つといいですね(゜_゜)




