224 婚約をかわした夜に
イザークの「義兄上」が退室した直後、タイミング良くルーファスが帰ってきた。ルーファスは部屋から出てきたイザークと、足が進まぬ様子の見知らぬ男を、怪訝そうに振り返る。
部屋に入ってみれば、シーツを身体に巻き付けたままのマリアが何やら考え込んでいた。
「マリア?」
「! ルーファス、お帰りなさい。無事に婚約届は出せた?」
「ああ、これでようやくマリアは俺の正式な婚約者だ」
「ふふふ、これからもよろしくお願いします」
ルーファスは返事のかわりに、マリアを抱きしめて口づける。纏っていたシーツがするりと絨毯に落ち、甘く幸せな空気が辺りに満ちた。
それでもルーファスの頭はどこか冷えていて、念のため確認する。
「イザーク様と一緒にいたのは誰だ? 何かあったのか?」
「実は……」
マリアが一部始終を説明するとルーファスの顔が曇った。誤解のないように言葉を付け足す。
「お2人の会話からの推測だけど、あの王太子様と思われる方は、このお屋敷で恋人と会う予定だったみたいよ」
「ガルディア王国の王太子は女好きとの噂がある。マリアも危なかったかもしれない」
厳しい眼差しをするルーファスを、マリアはキョトンと見つめた。
「でも、王太子様はアストリア王国の王女様と婚約されたのでしょう? 侯爵様がこの王都シュバルツに来られたのも、結婚式の打ち合わせだと仰っていたわ。今日恋人とお会いになるのも、きっと最後の逢瀬なのよ」
「国王と王太子だけは一夫多妻制だ。だから後宮もあるし、マリアの母さんも生まれたんだろう?」
「それはそうだけど、他国の王女様を未来の王妃としてお迎えするのは、もう間もなくのことよ」
マリアの祖母は、艶福家と名高い前ウィスタリア国王の数多いる妾妃のうちの1人だった。
しかしその孫のマリアは、1人の女性として女癖については目を瞑ることができず、ついつい潔癖になってしまう。
「王女様がお気の毒だわ。いくら覚悟なさって、お嫁入りされるとはいえ……」
ルーファスが肩を竦めた。
「可哀想という言葉はまったくそぐわないお姫様だけどな。近衛兵が次々とその職を辞するものだから、俺も何回か急遽警備に従事したことがある」
「そうなの?」
「お姫様の超音波攻撃に耐えられる騎士がいないんだ。本人は裏表のない、自らの欲望に至って忠実なタイプだ。ただあれだけ強烈な女だから、王妃となれば後宮を牛耳ることは造作もないだろう」
「超音波、攻撃……なんだか凄そうね。あ、攻撃と言えば……」
ワンピース型の清楚な夜着を揺らし、マリアは几帳面に頭を下げた。
「ルーファス、私に護身術を教えてください」
アストリア王国のエメラダ王女については、131話に説明があります(´・ω・`)




