223 イザークの異母兄
ルーファスの帰りを待っているうちに、マリアは睡魔に襲われる。今日という1日は緊張の連続で、想像以上に疲れていたようだ。
彼女が微睡みに揺蕩っていると、突然勢いよく扉が開いた。
「ルーファス……? 早かったのね」
マリアは眠い頭をどうにか起動させ、ゆっくりと起き上がる。
ヴェールから顔を覗かせてみれば、そこにいたのは30歳前後の知らない男性だった。
「ああ、失礼、部屋を間違えた」
「……あ、はい」
マリアは咄嗟のことに返事をするのがやっとだったが、扉がしまったのでひとまず安堵する。
訳のわからないまま、彼女が天蓋の内に戻ろうとすると、すぐにまた扉が開いた。やはりそこにいたのは、先ほどの男性だった。
「そなた、名前は?」
いきなり不躾に名前を尋ねられ、マリアは困惑の色を隠せない。名乗りもせずに女性に名前を聞くような怪しい男に、さすがに答える気はしなかった。
しかし、王子であるイザークの屋敷に不審者が入るとは考えにくい。イザークの知り合いに万が一にも失礼があってはいけないと、マリアは小さな勇気を奮い立たせた。
「あの……あなたは?」
マリアは夜着姿を見られたくなくて、シーツを身体に巻き付けて天蓋を出る。男に上から下まで値踏みするように見られて怖くなり、シーツを強く握りしめた。
「まさか、私のことを知らないのか?」
マリアはこくりと頷く。知っていたら名前など尋ねる訳がない。目の前の男は余程有名人なのか、自分に自信があるのか。
わからないまま、彼女もまた、相手を具に観察した。
地味だが仕立ての良さそうな服に包まれた身体は、ルーファスよりは少し背が低く、彼以上にがっちりとしている。
茶色の髪をうしろに撫で付け、薄い緑の瞳には怯えを隠しきれないマリアの姿が映っていた。厚めの唇が官能的で、少し角張った顔は整ってはいるが、尊大そうな印象を与える。
「私はまずそなたの名前を聞いている。なぜイザークの屋敷にいる?」
マリアは目の前の男性から、人を威圧するような風格を感じた。イザークを呼び捨てにする時点で只者ではなさそうだ。
「私はマリア・アジャーニと申します。あの……あなた様は、イザーク様のお知り合いですか?」
「アジャーニ家? 知らんな。まぁ、いい。今夜は……」
マリアは結局名乗りもしない男に警戒し、少しずつ距離を取った。そのとき、激しく扉を叩く音がする。
「異母兄上! そこにいますか!?」
「騒がしいな」
イザークが慌てた様子で部屋に入ってくると、マリアに一瞥をくれた後、すぐに男に向かい合った。
「今宵、おいでになるとは伺っておりませんでした。急遽、違う部屋をご用意致します。そこに異母兄上の恋人も呼びますから」
「それよりも私はこの娘が気になる。イザーク、この娘は知り合いか? まさかお前の恋人か?」
「異母兄上!この子は私の大事な客人です。手は出されませんように!」
「……つまらん」
未練がましくマリアを振り返る不審者の背中を押して、イザークは部屋から居丈高な「異母兄上」を連れ出した。
「異母兄上……ってまさか……王太子殿下?」
マリアは予期せぬ人物の登場に、今閉ざされたばかりの扉を呆然と見つめた。
イザークの異母兄は「名前だけ出ていたあの人」がすぐに引き取りに来ます。安心してお読みください。




