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没落令嬢は護衛騎士と旅に出ます  作者: つきのくみん
第5章 王都シュバルツ編
223/295

222 イザークの屋敷で

 イザークの屋敷につくと、懐かしく見慣れた馬車が目に入った。久しぶりに会うユーリとユーラの馬の親子に挨拶して、屋敷の中に入る。


「マリア、また会えてうれしいよ。ルーファスも無事に再会できて良かったな」


 そう言って、イザークがすぐにマリアたちを出迎えてくれた。心配してホールで待っていてくれたらしい。


「マリアが女の子の格好をしているのを見るのは、初めてだ。予想通り、とても可愛い」

「あ……ありがとうございます」

「さぁ、部屋は用意しておいたから早く休むと良い。疲れただろう」


 イザークはさらりと褒め言葉を口にしただけで、マリアの身に起こったことは一切聞こうとはしなかった。それが彼なりの気遣いなのだろう。

 すぐに異民族とおぼしき妙齢の女性が、マリアたちを部屋まで案内してくれた。


 2階に用意された部屋は、マリアたちには過分に贅沢な部屋で、その中央には天蓋つきの豪華なベッドが置かれていた。

 ほんのりと透き通る天蓋の優美な曲線は、なんだか甘い夜を孕んでいるように見えて、マリアを落ちつかない気分にさせる。


 そのときルーファスから名前を呼ばれ、マリアの鼓動がドキリと跳ねた。


「今から、侯爵様のところに馬車を返しに行く。それからその足で婚約届を出してくるから、マリアは部屋で待っていてくれないか?」

「え、本当に今日行くの?」


 久しぶりだからもっと一緒にいたい。そんな気持ちがわかりやすく態度に出てしまう。ルーファスはそんなマリアの寂しそうな表情を前に、甘やかしてしまいたくなる衝動をグッと(こら)えた。


「年長者のアドバイスには従っておこうと思ってな。それに明日はこの国の恋人たちにとって特別な日らしい。その日は混むと侯爵様が仰っていた」

「特別な日?」

「最近流行り出した習慣みたいで、俺もよく知らない。侯爵様によると、女が男に菓子か何かあげるらしい」

「恋人の記念日だから、その日に婚約する人が押し寄せるということね。でも、一生に一度のことだもの……私も教会に付いていきたいわ……ダメ?」


 女心がわからないわけではないが、言ってしまえば紙切れを出すだけの話だ。合理的なルーファスはそんなことでマリアを危険に晒したくない。


「いや、もう夜遅いから一人で行く」

「……うん、わかったわ。ルーファスも気をつけてね」


 結局マリアはルーファスに従って、部屋で留守番をすることにした。


 食事や湯あみを終え、マリアはやることもなくバルコニーで星を眺めていた。冷気を含んだら夜風が頬を(くすぐ)り、火照った肌に心地好い。

 ほんの少しだけ欠けた満月はまだ充分に明るくて、小さな星は遠慮して隠れてしまいそうだった。


 それなのにマリアは、いつかリザレで見た姫と騎士の星を発見した。寄り添って静かに明滅する2つの星に、過ぎ去りし旅の思い出を振り返る。


 来世で結ばれれば幸せだと思っていた自分は、なんて幼かったのだろう。恋は人を欲張りにさせるなんて知らなかった。あのときルーファスが言った言葉の意味が今ならわかる。


(来世でも結ばれたいけど、今を大切にしたいわ)


 マリアは勇気を出して天蓋のヴェールを上げ、ベッドに身体を滑らせた。

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