222 イザークの屋敷で
イザークの屋敷につくと、懐かしく見慣れた馬車が目に入った。久しぶりに会うユーリとユーラの馬の親子に挨拶して、屋敷の中に入る。
「マリア、また会えてうれしいよ。ルーファスも無事に再会できて良かったな」
そう言って、イザークがすぐにマリアたちを出迎えてくれた。心配してホールで待っていてくれたらしい。
「マリアが女の子の格好をしているのを見るのは、初めてだ。予想通り、とても可愛い」
「あ……ありがとうございます」
「さぁ、部屋は用意しておいたから早く休むと良い。疲れただろう」
イザークはさらりと褒め言葉を口にしただけで、マリアの身に起こったことは一切聞こうとはしなかった。それが彼なりの気遣いなのだろう。
すぐに異民族とおぼしき妙齢の女性が、マリアたちを部屋まで案内してくれた。
2階に用意された部屋は、マリアたちには過分に贅沢な部屋で、その中央には天蓋つきの豪華なベッドが置かれていた。
ほんのりと透き通る天蓋の優美な曲線は、なんだか甘い夜を孕んでいるように見えて、マリアを落ちつかない気分にさせる。
そのときルーファスから名前を呼ばれ、マリアの鼓動がドキリと跳ねた。
「今から、侯爵様のところに馬車を返しに行く。それからその足で婚約届を出してくるから、マリアは部屋で待っていてくれないか?」
「え、本当に今日行くの?」
久しぶりだからもっと一緒にいたい。そんな気持ちがわかりやすく態度に出てしまう。ルーファスはそんなマリアの寂しそうな表情を前に、甘やかしてしまいたくなる衝動をグッと堪えた。
「年長者のアドバイスには従っておこうと思ってな。それに明日はこの国の恋人たちにとって特別な日らしい。その日は混むと侯爵様が仰っていた」
「特別な日?」
「最近流行り出した習慣みたいで、俺もよく知らない。侯爵様によると、女が男に菓子か何かあげるらしい」
「恋人の記念日だから、その日に婚約する人が押し寄せるということね。でも、一生に一度のことだもの……私も教会に付いていきたいわ……ダメ?」
女心がわからないわけではないが、言ってしまえば紙切れを出すだけの話だ。合理的なルーファスはそんなことでマリアを危険に晒したくない。
「いや、もう夜遅いから一人で行く」
「……うん、わかったわ。ルーファスも気をつけてね」
結局マリアはルーファスに従って、部屋で留守番をすることにした。
食事や湯あみを終え、マリアはやることもなくバルコニーで星を眺めていた。冷気を含んだら夜風が頬を擽り、火照った肌に心地好い。
ほんの少しだけ欠けた満月はまだ充分に明るくて、小さな星は遠慮して隠れてしまいそうだった。
それなのにマリアは、いつかリザレで見た姫と騎士の星を発見した。寄り添って静かに明滅する2つの星に、過ぎ去りし旅の思い出を振り返る。
来世で結ばれれば幸せだと思っていた自分は、なんて幼かったのだろう。恋は人を欲張りにさせるなんて知らなかった。あのときルーファスが言った言葉の意味が今ならわかる。
(来世でも結ばれたいけど、今を大切にしたいわ)
マリアは勇気を出して天蓋のヴェールを上げ、ベッドに身体を滑らせた。




