221 また会う日まで
イザークの屋敷までは、侯爵家の馬車を借りて行くことになった。ルーファスは馬で駆けてきたので、マリアと相乗りするとその荷物まで運べないためだ。
ちなみにルーファスはイザークと既に合流を果たしており、マリアが宿に残してきたアジャーニ家の馬車は、イザークが屋敷に移動してくれる手筈になっている。
乗ってきた馬を馬車につないだりして、ルーファスが動いている間、マリアは隣に立つ長身の侯爵を見上げた。別れる前に聞いておきたいことがあった。
「あの、侯爵様……」
「なんだい?」
「侯爵様は本当にお強かったです。でも、ルーファスは……」
そこでマリアは一旦言葉を切った。何となく言いづらくて、一呼吸置く。
「あの……もしかして侯爵様は……初めから負けることを覚悟なさっていたのでは……? それなのに……なぜわざわざ決闘なんて……。最初のお約束通り、私をルーファスに、ただ引き渡してくだされば良かったと思って………」
侯爵はマリアの紡いだ言葉を優しく受け止めた。
「たしかに、あんな勝負をせずとも、君をルーファスのところに返すことはできた。結果はわかっていたのだから……」
そうして満月の浮かぶ空を仰ぐ。広い空には、星の光が霞むほどに美しい月が見えた。
「それでも……男には、負けるとわかっていても、戦わなくてはいけないときがあるんだよ」
それを聞いて、マリアはなんだか泣きたい気持ちになった。この世のすべてには表と裏がある。誰かが笑えば誰かが泣き、誰かが勝てば誰かが負ける。世界は慈悲深く寛大で、そして残酷だ。
そこへルーファスがやってきた。
「もういつでも行ける」
「じゃあ、もうお別れだ」
罪をひとつ背負おうとしているマリアの肩に、侯爵はそっと触れた。優しい彼女が苦しむことはないと、その重荷を払ってやる。
「マリア、気に病むことはない。君より良い女を捕まえてみせるさ。後から私を選んでおけば良かったと、そう思っても遅いからな」
「もう……侯爵様ったら」
マリアは少し驚いた様子を見せたが、泣きそうな顔から笑みが溢れる。
コウゲツとサクラも門のところまで送ってくれた。
「マリア様、ありがとうございました」
「マリア様がいらっしゃる間は、お屋敷が華やかでした」
「いえ、こちらこそ。本当に色々お世話になりました」
サクラとコウゲツがマリアの手をがっちり掴んで離さなかったので、侯爵が2人を宥める。
「勝負に負けたんだから、仕方ないだろう。マリアが困っている。気持ちはわかるが離れなさい」
「何だか、俺が悪者みたいだな……」
その様子を見て、ルーファスは複雑そうに呟いた。
「ルーファス、せっかくできた縁だ。これからもよろしく頼む。アストリア王国に戻ってきたときは、夫婦で私の屋敷にも顔を出してほしい。
マリアも商家に嫁げば、大変なことがあるかもしれない。でも君ならどんなことでも乗り越えられるよ。ルーファスと力をあわせて頑張りなさい」
ルーファスは侯爵とかたく握手をかわす。
「侯爵様も、もし良ければ私たちの結婚式に参列して下さい」
「ああ、是非行かせてもらうよ」
皆に名残惜しまれながら、ガルディア王国におけるクルーガー侯爵家の別邸を後にした。
こんな幸せな気分でここを去る日が来るなんて、マリアは想像もしていなかった。
料理は侯爵家の3人で仲良くいただきました。




