220 叔父から姪へ
読み込むとR15です。
「君がアストリア騎士団を辞することは、既に了承している。退団に伴う手続き等の細かいことは私がやっておくから、心配しなくていい。それと……」
侯爵がルーファスに熱心に話しかける姿を、マリアは不思議な気持ちで見つめていた。彼らの間に凝りはないようで、何もかも良い方向に進んでいることに、胸の中があたたかくなる。
ほんわかとした笑顔で話を聞いているマリアに気づき、侯爵はルーファスに忠告した。
「多民族国家のこの国では、貴族の男の間で毛色の違う女を抱くことが一種のステータスになっている。特にウィスタリア王家の血を引くマリアは狙われる可能性が高い。できる限り早めに婚約の届出をして、法律で保護される関係になった方が安心だろう」
「そうですね……わかりました」
ルーファスはしっかりと頷きながらも、内心は複雑だった。彼は容姿や血筋でマリアを愛した訳ではないのに、世の中にはそういう輩が数多くいることに虫酸が走ったのだ。
母親譲りの金色の髪と水色の瞳を気に入っているマリアもまた、自分がそのために欲望の対象となることを知って怖くなる。安心感を求めて、隣に座るルーファスに少しだけくっついた。
「王都シュバルツの教会は、年中無休で夜間も受け付けをしてくれる。できれば今日中に出しなさい」
「今日中……? 夜遅くでもやっているんですか?」
教会に早寝早起きのイメージを持っていたマリアは、大きな目をぱちくりさせた。
「ガルディア王国は、格差が大きくて社会構造が複雑だ。身分差や民族の違い……。そういったことで周りから反対される恋人たちも多い。特別な事情のある男女の救済のために、いつでも受けているんだよ」
侯爵は地図を広げ、そこに記された教会の位置を指先で軽く叩いた。ルーファスが地図を確認している間に、侯爵は例の紫色の小瓶をマリアに渡す。
「そうだ。マリア、これを君にあげよう」
「この小瓶は何でしょうか……?」
「君の叔父さんが愛用してた薬だ。退屈な夜に飲めばいい。あっという間に朝が来る」
「これを、叔父様が……。どれくらい飲めば良いんですか?」
「意外に乗り気だな。マリアなら一滴で充分だ。苦いから飲みにくいかもしれない。あと、ルーファスには飲ませない方がいいだろうな」
「ルーファスは使えないんですか?」
地図を読み終えたルーファスを見上げれば、彼は少し困惑していた。
「俺のことより自分の心配をしろ。もし飲んでしまったら、最後まで面倒はみてやる。だが、次の日起き上がれなくなるのはお前の方だ」
「そんなにすごいの……?」
マリアが真面目に考えれば考えるほど、ルーファスと侯爵は何となく気まずくなる。応接室の雰囲気がおかしなことになっていたのに、マリアはのんびりと構えていた。
(叔父様は不眠症だったのね。知らなかったわ)
マリアが小瓶を目線まで持ち上げると、その液面が微かに揺れていた。
必ず小瓶の中身は使います!




