219 愛し合う2人へ
「私の負けだ」
侯爵は首もとに当てられた剣を見て、自ら潔く敗北を認めた。
打ち合いの速さに取り残されていたコウゲツが、慌ててルーファスの勝利を宣言する。
そうして今ここに決闘は終幕を迎えた。
剣をおさめたルーファスが自分の頬を擦ると、ほんの少しだけ手の甲に血がついた。侯爵は「してやったり」といった顔で、恋敵だった男の肩を軽く叩く。
「君がマリアを幸せにしてやってくれ」
そう言って月光を浴びる彼の横顔は、とてもすっきりとしていた。
ルーファスと侯爵は、試合を見守っていたマリアたちのもとに足を運ぶ。
「マリア、結果は見ての通りだ。長々と付き合わせてしまって、すまなかったね」
「侯爵様もルーファスも、お疲れさまでした」
「私も結構頑張っただろう?」
「はい。まさかあんなに侯爵様が強いとは、存じ上げませんでした」
マリアは素直に侯爵を称賛した。ルーファスもそれには頷く。
「次の御前試合に特別枠で出たらどうですか? 文官にしておくのが勿体ない。はっきり言って騎士より強いでしょう」
「ルーファスにそう言ってもらえるとは光栄の極みだな」
侯爵はまんざらでも無さそうに快活に笑った。サクラは結果を受け入れがたいのか、ひどく沈痛な面持ちをしていて、侯爵は困ったように慰める。
「サクラも元気を出せ。私はできることをやったんだ。一片たりとも悔いはない。
さあ、いつまでもここにいても仕方ない。マリアはサクラに手伝ってもらって帰る準備をしておいで。ルーファスはこのまま私と一緒に応接室へ。マリアも支度が出来次第、応接室に来なさい。愛し合う君たちに、とっておきのプレゼントがある」
言われた通り、マリアは急いで帰り支度をした。どこかに隠されていた荷物はサクラがまとめてくれ、その間に一般的な女性の旅装に着替える。
髪も多少伸びてきたし、あと街1つでルーファスの故国に着くので、男装する必要はないと言われたからだ。
応接間にマリアが行った時には、侯爵とルーファスが向かい合って何やら話し込んでいた。
「失礼します」
「ああ、マリア、そこに座りなさい」
「はい」
マリアはルーファスのすぐ隣に腰かけた。目の前にはいつか見たあの書類と、もう1枚の書類が机の上に置かれていた。
「えっと……これは? 私の独身証明書と婚約の届出書……?」
「ああ。侯爵様が、俺たちの正式な婚約に必要な書類をすべてくださったんだ」
マリアが驚いて、向かいに座る侯爵を見ると、彼は穏やかに促した。
「早く書きなさい。婚約を証明する人の欄には、私がサインしてあげよう」
「……はい! ありがとうございます!」
婚約の届出書にルーファスの字が増えていくのを、マリアは夢見心地で眺めていた。
しかし彼女はいざ自分の番になると、緊張で手が震えてしまった。落ちつこうと深呼吸しているマリアの背をルーファスが優しく撫でてくれる。
マリアが何とか書き終えて、侯爵に書類を手渡すと、彼は今一度不備がないか確認してから、流麗な筆跡で証人の欄にサインをしてくれたのだった。




