216 気持ちを伝えること
(私の気持ち、伝わらなかった?)
ふと、マリアが明るい方へと視線を走らせれば、侯爵とサクラ、コウゲツの3人の姿が橙色の光に浮かび上がっていた。彼らは侯爵を中心に輪になり、賑やかな声をあげていて、今ルーファスがいる場所とは別世界のようだ。
侯爵は、使用人からの激励や心配の声に、困ったような、それでいて嬉しそうな顔をしていて、こちらを気にする様子もない。視線を戻したマリアには、ここの暗さが急に際立って見えた。
そこでようやく気がついた。
マリアは勇気を振り絞ってルーファスにお願いする。今から彼女がすることは、少し大胆なこと。
「ルーファス、あなたに大切なお話があるの。聞こえやすいように、屈んで?」
彼は返事のかわりに言われた通り、長身の体躯をほんの少し折り曲げた。ちょっとだけ近づいてくれた彼に、マリアは懸命に背伸びをして首に手を絡ませる。
そうして彼の唇に、そっとキスを落とした。
「……!」
1度口づけしてしまえば、気持ちが溢れて止まらなかった。マリアから何度も優しく口づける。ルーファスはただ目を見開いて呆然としていた。
マリアの背伸びしている脚が限界に達し、その腕をゆっくりとほどく。自分のもとに手を取り戻す前にルーファスの頬に触れると、彼はビクッと身体を震わせた。我に返ったのか、急に口元を覆い、目をそらした。
珍しくはっきりと感情を出したルーファスに、自分から仕掛けたマリアまで動揺してしまった。
屋外で自分から男性を襲うからには、それなりの覚悟はあったつもりだ。それなのに今さらながら恥ずかしくて、忽ち頬が火照る。
羞恥で血が沸騰しそうになり、言い訳めいた言葉が口をついた。
「えっと……1回だけのつもりだったのに、なんか止まらなくなっちゃって……」
「…………」
「ルーファス……何か、言って……? 無言になられると、私、余計に恥ずかしいわ……」
「…………」
「あ……もしかして、嫌……だった?」
朱をのぼらせた顔から、卒倒しそうな勢いで血の気が引き、マリアは一歩下がろうとして、ふらりとよろける。
「きゃっ!」
そのとき突然マリアの視界が揺れた。転倒したのかと思ったが、気がつけばルーファスに腕を引かれ、そのまま抱きしめられていた。
ルーファスは相変わらず無言だったが、そこに他人行儀のよそよそしさはなかった。あるのは情熱的な熱さ。マリアは安心して、身体を預け、彼の広い背中を愛しげに撫でた。
「……私の気持ちを疑っては、ダメよ?」
彼の腕の中で仰ぎ見るて、強気で言ってみれば、ルーファスは少しだけ気まずそうな顔をした。
身体を離し、マリアはルーファスを導くように、くるりと踵を返す。彼女はしばらくして、ふいに振り返って悪戯っぽく微笑んだ。唇に人差し指をそっと当てて。
マリアの微笑みに、ルーファスは腰にはいている剣をなぞった。その慣れた感触を確かめて、侯爵のもとに向かう。
絶対に負けられないと、心に誓いながら。




