215 「彼」の孤独
目をそらしたルーファスを見て、侯爵の腕の中で棒立ちになっていたマリアは、大切な恋人を傷つけていることを知った。それなのに彼女は侯爵の腕を振りほどけない。
侯爵は、地位も名誉も女も金も、何もかも手中に納めてきた大人の男性だ。マリアを抱くその身体も、大きくて逞しい。
けれどもそんな一見完璧な彼にこそ、支えてあげる誰かが必要だと、マリアは本能的に感じていた。
高みにのぼればのぼるほど、人は孤独になってしまうのかもしれなくて、彼は己の片翼となれる女性を探しているに違いなかった。
しかし、その片翼には、マリアはなれない。なら、せめて今だけは彼の孤独を癒してあげたかった。
「あの……侯爵様、もうそろそろ……」
どれくらいの時間が経ったのか、マリアはようやくおずおずと切り出す。ルーファスが視界から消えたのを見て、さすがに気が急いていた。
「……そうだな。ルーファスが見逃してくれているうちに、やめておかないとな」
侯爵は苦笑を漏らし、マリアを抱きしめるその腕から力を抜いた。案外あっさりと解放してもらえたことに安堵しつつも、彼女は中庭のどこかにいるはずのルーファスを探して、落ち着かなく辺りを見回す。
すると暗がりに1人佇むルーファスを見つけた。マリアは侯爵に断りを入れて、ルーファスのもとに向かう。 闇のヴェールを被ったルーファスの表情は暗かった。
「ルーファス!」
「終わったのか?」
「ええ」
「……そうか」
簡単な会話はすぐに終わってしまい、沈黙が耳に痛い。
「あの、今さらなのだけど、迎えに来てくれてありがとう」
マリアから、ルーファスの身体に遠慮がちに腕を回した。そのままぎゅっと彼に抱きつく。
言葉のかわりに、精一杯の気持ちをこめて。
(人目もあるから、これくらいしかできないけど、私の気持ちが伝わりますように……)
ルーファスは抱きしめ返してはくれず、マリアは名残惜しい気持ちを隠し、その腕をゆっくりとほどいた。
「頑張ってね」
未だに何も言わないルーファスに笑顔を向けるが、彼のどこかよそよそしい態度が悲しい。
マリアは最後まで気持ちを残していた指先を、彼の服から離した。
クルーガー侯爵もルーファスも、意外と手のかかるタイプ……。
マリアが次回、ルーファスのために、彼女なりに頑張ります。




