214 決闘前
夜が濃くなる中庭で、篝火が煌々と燃えていた。
決闘は御前試合と同じ形式で行われる。どちらかが負けを認めるか、立会人であるコウゲツが「勝負あり」の声をあげたときに決する、時間制限なしの一発勝負だ。剣は試合用の模擬剣を使い、身体には防具を纏う。
侯爵とルーファスは、身体を軽く動かしたり、剣の感触を確かめていた。そこから少し離れたところで、マリアは男たちの無事を祈り、指を絡ませるようにして両手を組む。
闇夜に浮かぶ篝火が、その可憐な姿を幻想的に切り取っていた。
そんなマリアに引き寄せられるように、サクラが近寄って来る。
「マリア様、ご主人様は大丈夫でしょうか? ご主人様が、勝ちますよね?」
「それは……」
ルーファスの強さを知っているマリアは答えられずに、口ごもった。するとそこにコウゲツがやって来る。
「大丈夫ですよ、サクラ。ご主人様はとてもお強いのですから」
「そうね……! ご主人様が負けるはずないじゃない……!」
サクラは拳を握りしめて、己の主人を熱く見つめた。コウゲツもそれに倣ったが、すぐに熱が下がる。
「マリア様、あなたを迎えに来た方はお強いんですか? ……とりあえず力だけは、とんでもなく強そうですが……」
コウゲツは粉微塵に吹き飛んだ扉を思い出しているようだった。マリアは遠慮がちに首肯する。
「はい……。あの……本当に強いです。侯爵様なら、ルーファスの強さは、よくご存知だと思うんですけど……」
サクラとコウゲツが侯爵を応援するのは明らかだったが、マリアとしては、やはりルーファスに勝ってほしかった。
もとよりマリアの気持ちとは関係なく、ルーファスは規格外に強い。そのため、侯爵の強さがどれほどであろうと、普通に勝負すればルーファスが勝つのは間違いないように思われた。
「マリア」
話に夢中になっている3人のすぐそばまで、侯爵が来ていた。サクラとコウゲツは音もなく、その場を離れる。
「侯爵様……」
彼は右手を持ち上げ、指の腹でマリアの滑らかな頬をなぞった。大切な宝物を扱うように、とても優しく。
背の高い侯爵を見上げると、彼のエメラルドの瞳に炎が揺らめいていた。その情熱的でそれでいてなぜか悲しみが宿る瞳に、彼女は何も言えなくなり、見つめ合う。
ふいに侯爵はマリアを抱いた。右手でマリアの頭を自分の胸に押し付け、左手で背中から腰の辺りを抱き寄せる。距離を零にするように、強く強く抱きしめる。苦しいほどに強く……。
頭の真上から侯爵の声がして、少しだけ顔を上に向けると吐息が額にかかった。それから目の端にルーファスが映る。他の男に抱きしめられているマリアから、ルーファスが辛そうに目をそらすのが見えた。
ルーファスは、今かなり我慢してます(--;)




