213 たとえ敗れたとしても
ルーファスは呆然と座り込んでいるマリアを優しく起こした。正面から真綿でくるむように、ふんわりと肩を抱く。
「マリア、俺たちが決めたことだ。それに従ってほしい」
「……ルーファス……なぜ……勝負を受けてしまうの……?」
自分のせいで2人が怪我をするなんて、マリアには耐えられない。
それに彼女の恋心は既にルーファスに捧げてしまっていて、もうほかの男性は愛せないと、彼女自身が誰よりも自覚していた。決闘をすることにどれほどの意味があるのか、マリアにはわからない。
「今はきっと……侯爵様も気が立っていらっしゃるんだわ……。だから、あのような言い方になってしまっただけよ……。挑発になんてのらないで……決闘なんて……やめて……」
すがりつくマリアの頭を、ルーファスはそっと撫でた。震える指先がきゅっと彼の服を掴む。その皺と涙で濃くなった服の色に、彼の胸がちくりと痛んだ。
ルーファスは頑是ない幼子に言い聞かすように、ゆっくりと諭した。
「マリア……心配はしなくていい。あの人に怪我もさせないし、俺は絶対に負けない」
マリアが顔をあげると、ルーファスと目が合った。その紺碧の瞳に包まれて、彼女はようやく落ち着きを取り戻す。
次に後ろを振り返ると、侯爵はすぐに頷いた。憂いを帯びた表情がマリアの心に焼き付く。
「侯爵様……」
「マリア……この方法しかないんだ。最後まで自分勝手な私を、どうか許してほしい」
それから侯爵は口元を引き締めた。
「それでは、コウゲツ、準備してくれ。場所は中庭でいい。篝火の準備も頼む」
「……! はい、ご主人様!」
突然命じられたコウゲツは緊張を隠して、慌ただしく退室する。
「マリアにも私たちの戦う様をその目で見てほしい。サクラ、彼女に何か羽織るものを」
「……! はい、それではマリア様、私についてきて下さい」
そして最後に、ルーファスと侯爵が残された。
「君にも武器と防具を貸す。体形は似ているから私のものを使えばいい」
「はい」
「ここに持ってくるから、待っててくれ」
そうして侯爵はすれ違いざまに、脚を止めた。
「ルーファス……勝負を受けてくれて……感謝する」
そうしてまた侯爵は去っていく。その背中はとても堂々としていた。
侯爵はルーファスの強さを知っています。
ルーファスも侯爵の気持ちを受けとりました。




