210 奪い合い
ルーファスは再び侯爵との距離を詰めていく。じりじりと追い詰められたマリアは、侯爵のすぐ前まで下がり、守るように両手を広げた。
「私がここを譲ったら、ルーファスは侯爵様に痛いことをするのでしょう? 侯爵様は3日前までは病床に臥していらしたのよ。ひどいことをしてはいけないわ……」
その言葉に、ルーファスが冷たく吐き捨てた。
「邪な考えを実行できる程度に、快復していればもう充分だろう」
マリアはルーファスの圧倒的な迫力に完全に気圧されていた。
それでも、誰かが傷つき、傷つけるのを黙って見てはいられない。ましてや自分が原因となっているのだから、震える身体を叱咤して彼女は立ち塞がった。
一方、侯爵は信じられない気持ちで、健気な背中を眺めていた。塞き止めていた愛しさが、また静かに湧き上がる。
彼はついに我慢できなくなり、マリアの細い腰を強引に引き寄せた。誰にも渡せないというように、両腕をマリアの身体に強く絡ませる。
彼女は驚いて侯爵を見上げた。
「侯爵……様……?」
しかし、マリアと侯爵の視線が交わらないうちに、今度は別の方向から肩ごと拐うように腕を引っ張られる。
前方に視線を前に戻すと、いつの間にかルーファスが剣を持っていない方の手で彼女の上腕を掴んでいた。
「ルーファス……?」
腕をルーファスに、腰を侯爵にそれぞれ捕らえられ、マリアは動けなくなった。男たちは視線で牽制しながら無言で引っ張りあう。腕は抜けそうで、腰は砕けそうだ。繊細な身体が悲鳴をあげる。
「痛い……痛いわ……」
「マリアが痛いと言っています。侯爵様、本当に私のもとに彼女を送るつもりだったのならば、その手を離していただけませんか?」
慇懃無礼にルーファスが皮肉れば、侯爵も負けじと言い返した。
「それはこちらの台詞だ。ルーファスこそ、扉を粉砕するくらいの馬鹿力でマリアに触らないでほしい。彼女が壊れてしまうだろう。君が離せ」
ますます強くなる2人の力があまりに痛くて、マリアは助けを求めてまた周囲を見渡した。
しかし、コウゲツとサクラは置物のように気配を消しており、ブラックはブラックで、マリアのスカートの裾を懸命に引っ張っていた。




