209 骨の数
R15です。そういうシーンはありません。
どう考えても、この状況は最悪だ。
今更ながらマリアを口止めしてみたがもう遅い。ルーファスは確実に理解している、ディナーだけで終わらせるつもりはなかったことを。
侯爵は暗い未来を予感して、がっくりと肩を落とした。
ルーファスは過保護だから、溺愛するマリアに血塗られた惨事を見せることはないはずだ。だがそれでも国境の街サーベルンで昏倒させられたとき以上の痛みを、侯爵は覚悟せねばならないだろう。
(峰打ちだとしても骨の1、2本はもっていかれるな……。いやもっとか……)
色を無くした端正な顔に、冷や汗が浮かぶ。
「ルーファスだって、デリシーさんと飲み明かして送るときに、彼女のお部屋に入ったのでしょう? それに、あのときの2人がとても大人に見えたんだもの……。だから私もそういう経験をしたって良いと思うの。今回も、私は……ジュースだけど……」
ルーファスに子ども扱いされたと誤解したマリアは、卑怯だと思いつつも昔の話を持ち出した。
ルーファスはザクセンの朝帰りの代償を未だ払いきれていなかったことに愕然とし、罪悪感からわずかに声のトーンを落とす。
「あのなぁ……俺はデリシーを女として見ていないから、間違いなんて起こらない。部屋に送っておしまいだ。でも今日みたいに扇情的な格好のマリアと2人きりになったら、俺なら確実に脱がせる」
ルーファスに真顔で断言され、マリアは赤面した。恥ずかしくて周りを見渡すと、サクラとコウゲツの視線はどこか遠くへ羽ばたいており、侯爵は苦汁を飲まされたような顔をしている。
(折られる骨が5本、6本、7本……)
骨格標本を脳内に描き、侯爵は眠れぬ夜の羊の如く、骨の数を数えた。恋人たちの惚気話のようなくだらない喧嘩を聞いてはならない。物理的な痛みの方がまだ耐えられる気がする。
「ルーファスは心配しすぎよ。だって侯爵様は何も企んでないって仰っていたもの! ……ね、侯爵様?」
再びマリアが勢い良く振り返った。数えた骨の数はどこかに消え、彼女の天使の笑顔に侯爵の目は潰れそうだ。無垢な空色の瞳が眩しすぎる。
「侯爵様も説明してください! そうしないとルーファスは剣をおさめてくれません」
「あ、ああ……そうだ、マリアをどうこうするつもりは毛頭なかったよ。ははは……」
「ほら、侯爵様もあのように仰っているわ」
「違う。あれは、嘘をついている目だ」
「……ということで、マリア、そこをどけ」
気を取り直したルーファスは、改めてマリアを威圧的に見下ろした。
ルーファスの剣は片刃です。
また、ザクセンの朝帰りとは、73話のときのことを指しています。




