208 エメラルドの対価
「そのエメラルドの対価はなんだ?」
「対価?」
マリアは少し考える。
「今夜は最後までお付き合いするって、約束しただけよ」
「………」
「どうして黙るの?」
ルーファスがこめかみの辺りを押さえ、難しい表情をした。マリアは自分の発言が不安になり、彼の服の裾を遠慮がちに引っ張る。
「あの……もしかしなくても、怒ってる? それなら、侯爵様さえ良ければルーファスも一緒に食べましょうよ。多めに作ったから、あなたの分も用意できるわ。皆で朝まで楽しく過ごせばいいじゃない。ね?」
マリアは苦悩する様子のルーファスを上目遣いに覗きこむ。懸命に話しかけ、様子を伺うが……。
「絶・対・に・過・ご・さ・な・い」
「そんなに嫌なの!?」
結果は見事玉砕した。
マリアとしては、ここまで準備万端に整っているなら、侯爵との約束を守るためにも、このままディナーを始めてしまいたかった。
でもルーファスが迎えに来てくれた以上、彼を待たせる訳にはいかない。2つの問題を同時に解決する最上の策は「皆で仲良くいただきます」の一択だろう、とマリアは考えていた。
「名案だと思ったのに……」
「そんなことよりお前は、夜に、自分に惚れている男の部屋で、2人きり。朝まで過ごすその意味が、まさかわからないのか?」
ルーファスは意味深に区切り、これ以上下がらないと思っていた部屋の温度がさらに下がった。極寒の地を吹き荒ぶ風の中でも、こんなに寒くはないだろう。
「それはもちろん、わかっているわ! 良い機会だからもう子どもは卒業するの。……ね、侯爵様?」
マリアにとっての初めての徹夜は、大人の入り口であり、子どもの卒業だと認識していた。そこにまったく他意はない。
しかし、くるりと笑顔で振り返ったマリアの目の前には青ざめた侯爵がいた。青ざめすぎてもはや土気色だ。
「……マリア……頼むから余計なことを言うな……」
侯爵はルーファスのもつ剣を気にしながら、絶望的な声をあげだ。ふらふらと立ち上がり、壁にもたれかかる。抜けた腰は復活したが、控え目に言っても状況は最悪だった。




