207 彼の瞳はエメラルド
「色々」を、説明するのは難しかった。
変態っぽいと思っていた侯爵が意外とまともだったこと。彼なりにマリアを本気で愛してくれていたこと。そして、その想いに応えられないかわりに、せめて最後に思い出を作ろうとしたこと。
ただそれだけのことなのに、いざ説明しようとなると、マリアはどう言葉を紡ぐべきなのかわからなくなってしまった。
侯爵の名誉を傷つけたくもないし、ルーファスに自意識過剰な女だと思われたくもない。その縛りの中でルーファスを納得させるだけの文句が、彼女には捻り出せそうもなかった。
「あの……あなたに話すような特別なことは、何も……。ただ一緒に過ごすうちに、お互いに分かり合えたというか、仲良くなれたの。だから……最後に一緒にテーブルを囲んでお別れしましょうってなって……」
結局、マリアはしどろもどろになってしまった。こんな回答でルーファスが納得してくれるとは思えなかったが、これが彼女の限界だ。
そのときルーファスの視線がふいにマリアの首辺りに外される。彼女が反射的に彼の視線をなぞって鎖骨辺りに手をやると、繊細な白銀のチェーンに触れた。
侯爵からもらったエメラルドが揺れる。
マリアはハッとした。
「ごめんなさい……! あなたからもらったネックレスはその……事故みたいなものでどこかにいってしまって……」
マリアがばつが悪そうにルーファスを見上げると、彼の瞳には剣呑な光が宿っていた。
ルーファスから贈られたネックレスが侯爵に壊されたことも、その代わりに侯爵がプレゼントしたネックレスを今身に付けていることも、すべて見透かされているような気がする。
しかし、マリアの口から真実を断定してしまえば、ルーファスは侯爵にもっと良くない感情を抱くだろう。それは避けたかった。
「その……なくしてしまったかわりにこれをいただいたの……侯爵様に……」
「エメラルドは侯爵の瞳の色だから、言われなくてもわかる」
「え! それでエメラルドなの!? そこまで考えてなかったわ」
「考えろ」
「う……」
(せっかく再会できたのに、ほかの男性から贈られたネックレスを身に付けているなんて……私って……。ルーファスがくれたものは私たちの瞳の色だったのに……)
マリアはしゅんとして、小さくなった。




