206 抜かれる剣
ルーファスはその最愛の人を強くかき抱いた。剥き出しのマリアの肩に触れてその懐かしい感触を得たとき、彼の胸に万感の思いが去来する。
「無事か……?」
彼女はルーファスの固い胸板に頬を寄せながら、こくりと頷いた。その回答に安堵の息を吐いたルーファスだったが、すぐに表情を一変させ、侯爵を睥睨する。そうして抑揚のない声で憎き恋敵に宣言した。
「借りは返させてもらう」
マリアを離し、ゆっくりと侯爵に近づくルーファスの瞳は完全に凍てついていた。絶対零度の空気を纏い、無表情で一歩また一歩と侯爵との距離をつめていく。
ルーファスは剣に手をかけた。カチャリと無機質な音がして、剣が鞘から引き抜かれる。
その音で、マリアは急速に頭が冷えていくのを感じた。彼女はルーファスの腕を引っ張って止め、侯爵との間に立つ。
「ルーファス! 何をするつもりなの? 侯爵様はあなたが思うほど悪い方ではないわ。私もこうして無事だったのだから、その剣はおさめて」
旅に出てから改めて感じたことだが、彼は自分が必要だと判断したときには、躊躇いなくその剣をふるう。
まさか命まで奪うようなことは無いと思うが、ルーファスが放つ殺伐とした空気はマリアを慌てさせた。
しかしマリアの訴えはまったくの逆効果だったようだ。侯爵を庇った彼女に、気のせいではなく部屋の温度が下がる。
「なぜ、庇う? 危ないから下がれ」
「いいえ」
「下がれと言っている」
「あなたが剣をおさめてくれないと……」
マリアが珍しく抵抗したのを見て、ルーファスも侯爵もそれぞれに思うところがあった。男たちの心も知らず、彼女は続ける。
「今日あなたが来なかったら、今からここでお別れのディナーをする予定だったの。それから明日、侯爵様があなたのところまで連れていってくれることになっていたのよ。だからもう、そんな物騒なものはしまって? お願い……」
ルーファスは眉ひとつ動かさないかわりに、質問を返した。
「ここは誰の部屋だ?」
「? 侯爵様のお部屋よ」
「2人分しか用意されていないように見えるが」
「だって、侯爵様と2人でするんだもの」
「……いつの間にか、ずいぶんと仲良くなったものだな」
仲を誤解されたと思ったマリアは、あたふたと慌てて余計なことを言う。
「あの……これには色々と事情が……」
「色々って、なんだ」
詰問口調のルーファスの様子に、彼女は墓穴を掘ったことを悟ったが、然りとて今更どうすることもできなかった。
ちょっと揉めてますΣ( ̄□ ̄;)でも、安心してお読みください。




