204 扉の向こう
マリアがジュースを口元に運ぶと、ひんやりとしたグラスの感触がして、グレープフルーツの少しだけ刺激的な芳香が鼻腔を擽った。侯爵の視線は彼女の喉元に、静かに注がれている。
そのとき廊下が俄に喧騒に包まれた。
「その先には誰もおりません!」
サクラの悲鳴じみた声が聞こえる。
「止まりなさい! ここをどなたの屋敷だと……!」
続いてコウゲツの声。激昂しているかのような興奮した声だ。
「アオーン!!」
外につながれているはずのブラックの吠える声さえも、すぐ間近に迫っていた。
非日常の魔法が破られ、マリアはグラスを置く。
「外が騒がしいですね。私、見てきます」
ある期待を胸に立ち上がろうとする彼女を、侯爵は素早く制した。扉の鍵をしめ、ドアノブを両手で固く握り、扉の前に立ち塞がる。その姿はさながら門番のようだ。
「マリア! どこだ?! 返事をしろ!」
懐かしく聞きなれた声がして、マリアは我慢できずに立ち上がる。幾度となく愛を囁いてくれた恋人の声に、彼女の心は歓喜に震えた。
「ルーファス!」
慌てて扉に駆け寄り、侯爵を見上げる。
「ルーファスの声だわ! 侯爵様、どうして鍵をしめてしまうの? 彼が入ってこれないわ。そこをどいて下さい……!」
彼女の懇願は聞き入れられなかった。侯爵の強張った顔は余裕の無い彼の心情を雄弁に物語り、返事どころか、彼女の方を見向きすらしない。
侯爵の異変に、マリアはまた大声で叫び、扉を何度も強く叩いた。
「ルーファス! 私はここよ!」
侯爵は咄嗟に彼女の小さな口を片手で塞いだ。息さえするのがやっとなくらい強く覆われ、さらにはその大きな身体で抱き締めるようにして扉から離されてしまう。
扉を叩く術も、声さえも奪われ、彼女はもはやどうすることもできなくなった。
「まさか、この扉は開けられないと思うが……」
侯爵の呟きに、彼女はなぜこの期に及んで邪魔されるのかがわからなかった。彼は心を入れ換えたはずではなかったのか。
混乱する頭でマリアは精一杯の抵抗を重ねるが、所詮は女の力。まったく意味をなさない。
「マリア、そこか?!」
(ルーファス……)
「アオーン!」
(ブラック……)
扉1枚を隔てて、声が聞こえた。落胆しかけたマリアの心に光明がさし、心の中で名前を呼ぶ。聞こえることを祈りながら。
「待ってろ、今、行くから!」
(良かった……気がついてくれたのね……)
ガタガタと激しく扉が揺れるが、どうやっても開かないようだった。屋敷の当主の部屋だけあり、分厚く頑丈な扉で、しっかりとした鍵が備わっているので、それは至極尤もなことだった。
ルーファスはしばらく格闘しているようだったが、急に不気味な静寂が訪れた。
諦めるつもりでも、やっぱり土壇場になると、未練が……。
☆お詫び☆
1話が短いのは、くみんの活動に時間制限があるからです。あと、寝ぼけて誤爆する前に投稿してます。こま切れ投稿で、ごめんなさい(´・ω・`)




