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没落令嬢は護衛騎士と旅に出ます  作者: つきのくみん
第5章 王都シュバルツ編
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203 重なるグラス

 マリアは侯爵から言われた通りに目を閉じた。何かを取り出すような衣擦(きぬず)れの音がして、再び声をかけられる。


「目を開けてごらん」


 (まぶた)をあげると、そこには天鵞絨(ビロード)張りの小箱が置かれていた。


 マリアが(かたわ)らに立つ侯爵を見上げると、彼は無言で頷いて、小箱を開けるように促す。蓋に指をかけると、パカッという小気味の良い音がして小箱が開いた。


「これは……」


 中に入っていたのは、細かなダイヤモンドで囲まれた小指の爪ほどのエメラルド。そこから延びる白銀の繊細なチェーンを手に取れば、燭台の光にキラキラと輝いて見える。


「とても、綺麗ですね」


 マリアは自然と感嘆の声を漏らした。侯爵はそんな彼女の反応に満足したようで、形のいい目を細め、口の端を持ち上げた。


「これは君にあげるよ」

「え……こんな高価なものいただけません」


 社交界にもデビューしていなかった彼女は、高価な宝飾品の類いは身につけたことがなかった。年頃になったときには既に困窮していたので、そもそも豪華なドレスや宝石と言ったものには縁がない。

 それでも、目の前にあるネックレスがとても価値のあるものだということは、(うと)い彼女でも何となくわかる。


 マリアは辞退するが、侯爵はそんな彼女の反応も織り込み済みのようだった。


「看病してくれたお礼や、散々迷惑をかけた慰謝料みたいなものだ。もらってくれないか? そうでなければ、私の気が済まない」

「でも……」

「首もとが寂しいだろう? 私が千切った君のネックレスは、今さら探してみたけど見つからなかったんだ。君にとっては、あれが1番の宝物なのはわかっているんだが、かわりにせめて私から贈らせてほしい」


 受けとるのをまだ躊躇っているマリアから、侯爵はエメラルドのネックレスを(すく)いあげた。


「つけてあげるよ。今日の君にとても似合うはずだ」

 彼は流れるような仕草で彼女にネックレスをつける。

「あ……ありがとうございます」


 これ以上拒むのも失礼だと思い、ついに彼女は受け入れた。2人の視線が交わって、ネックレスが少しだけ揺れる。


「そのかわり約束通り、最後まで付き合ってもらうよ。今夜は朝まで眠らせない」

「徹夜ですか? 私、徹夜で何かしたことはなくて……。起きていられるかしら」


 マリアの幼稚な心配に、侯爵は微笑んだ。


「マリアは子どもみたいなことを言うんだね。でももうそれも今日で卒業だ」

「はい。たくさんお話しましょうね」

「それでは、乾杯しようか」


 席に戻った侯爵はワインを、マリアは目の前のグレープフルーツジュースを手に取った。


「何に、乾杯しますか?」

「それでは、2人の幸せな未来のために」


 そうして掲げた2つのグラスの影は重なりあう。長い夜が幕を開けた。

大人の方は深読みしてください。

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