202 魅了の魔法
待ち焦がれるマリアの心とは裏腹に、ついにルーファスは現れなかった。
ディナーの準備はあらかた終わり、最後にテーブルに花を飾ればおしまいだ。料理が得意なマリアは存分にその腕をふるったが、侯爵とテーブルを囲むことになっているので、ほぼ完成というところでサクラに引き継いだ。料理の仕上げはサクラに、給仕はコウゲツにそれぞれお願いしてある。
マリアは侯爵が用意してくれたフォーマルな装いに着替えた。そのドレスは彼女の瑞々しい美しさが引き立つように、胸より上の部分が大きくあいていて、それを纏う彼女からは匂い立つような上品な乙女の色香が溢れていた。
侯爵は羞じらいを見せる細い肩にそっと手を置いて、耳元に唇を寄せる。
「本当に……きれいだよ」
初々しい彼女に心からの賛辞を送り、柔らかな頬を指の背で愛しげに撫でた。
しっとりと告げられた言葉に、マリアの鼓動が跳ねる。肌理の細かい白磁の肌がうっすらと紅く染まるのを見て、侯爵は余裕のある笑みを浮かべた。
「……あ、あの、ありがとうございます……」
「どうぞ、私のお姫様」
そのまま彼が椅子を引いてくれたので、緊張しながらも彼女は静々と腰を下ろした。
侯爵の雰囲気もどこという訳ではないが、いつもと違って見え、恋愛感情を抱いていないはずのマリアでも純粋に見惚れてしまっていた。
豪華な部屋に整えられた食卓、綺麗な洋服に、容姿端麗な男性からされるスマートなエスコート、非日常の空気は魅了の魔法そのものだった。
(改めて見ると、侯爵様ってとても素敵な方……。女性が放っておかないのも仕方ないのかも……あ、女性だけじゃないわね)
叔父の暴走を知らないマリアは彼の恋の成就を祈りつつ、侯爵を見つめた。目が合うとまた、物語の王子様もかくやという完璧な微笑みを返してくれるので、彼女はまた頬を染める。
ふと、屋敷にいた頃のルーファスもそんな感じだったと思い出した。今のルーファスは基本的に感情を表に出さないものの、もう少し気取らない笑顔だ。彼の笑顔に早く会いたかった。
(ルーファス……来なかったわね……大丈夫かしら……)
いよいよ時が満ち、コウゲツがワインとグレープフルーツジュースをサーブする。コウゲツが退室し、二人きりになったとき、侯爵が徐に口を開いた。
「マリアに渡したいものがあるんだ。目を閉じてくれるかい?」




