201 運命の日
侯爵は運命が決まるまでの3日間、驚くほどの快復ぶりをみせた。剣の素振り等で身体を動かしたり、仕事をしたりと、あまりに活動的なので、マリアは彼が生死の境を彷徨ったとは信じられないくらいだった。
瞬く間に時は過ぎ、そうしていよいよ約束の日になった。マリアはそわそわと落ち着かない様子で、朝から窓の外を眺めていたが、昼を過ぎる頃には、門扉の傍らにある樹木の陰に立って、ルーファスを待ち続けた。
しかし愛しい恋人は一向に姿を見せない。やがて疲れて座り込んでしまった彼女の頭上から、優しい声が落ちてきた。
「マリア、そんなところに待っていないで部屋に入ろう。どこで待っていても同じだよ」
「それはそうなんですけど、1秒でも早く会いたくて……」
彼女は恋する気持ちを吐息に溶かして、寂しげに俯いた。
「まだ……来ませんね……。もうとっくに解放されているはずなのに……」
マリアは不安そうに呟く。彼女は解放の手順も何も知らないので、侯爵が指示を出せば、すぐに解放されると思っていた。
恋に悩む彼女の姿は絵画のように美しく、侯爵は気づかれないように、そっと拳を握る。爪が食い込んで痛いのに、心の痛みはちっとも消せなかった。
「私は……君と過ごす残りわずかな時間を、とても大切に思っている」
彼女が顔をあげると、侯爵は続けた。
「……だから、ルーファスが来るまでは、私のことだけを考えてくれないか?」
マリアは侯爵の瞳の奥に隠された哀しみを見つけ、ほんの少し息を止める。それからすぐに努めて明るい声を出した。
「……そうですね! 失礼しました。侯爵様が送って下さるから、何も心配いらないのに、私ったらルーファスがなかなか来てくれないことが……なんだか……とても不安になってしまって……」
明るかったはずの声は、最後は徐々に涙声になっていた。
今日中にルーファスが来なければ、侯爵はマリアを綺麗な身体のまま帰すつもりはない。そうなれば、彼女の方からルーファスに別れを告げるのは明白だから、彼女なりに悪い予感がするのも何となくわかる気がした。
「大丈夫。きっと、ルーファスは今日中に来るよ」
侯爵は落ち込むマリアを見ていられず、言いたくもない慰めの言葉を口にして、彼女の頭に優しく手を置いた。
「……はい」
マリアは少し安心したようで、やおら立ち上がる。
「それでは、私はディナーの準備をしてきますね」
「マリアの料理を楽しみにしているよ」
ぺこりと律儀に頭を下げて去ったマリアの姿が、侯爵の手の届かないところへと離れていく。
「心配してくださって、ありがとうございました!」
振り返ったときの彼女の笑顔が、彼にはなぜかほんの少しだけ、ぼやけて見えた。




