199 小瓶の中身
R15です。BLなので、注意してください。
ワインに一服盛られそうになった侯爵は、旧アジャーニ邸のゲストルームで横になっていた。しかし目を瞑ってはみるものの、夢と現実の波間を揺蕩うばかりで、なかなか眠りは訪れてはくれない。
激しい雨音と鳴り止まない雷鳴に包まれながら寝返りを繰り返していると、ベッドが軋む気配がした。
それから熱い吐息が耳にかかり、彼の身体に何かが覆い被さる……。
侯爵はそこで完全に目を覚ました。全力で侵入者を投げ飛ばし、すぐさま身体を起こして灯りをつける。そこには潰れた蛙のように無様に転がった、半裸の侵入者がいた。
「何をしている! マレーリー!」
「侯爵様……僕は……僕は……侯爵様のことがぁ!」
侯爵は思わず壁際まで後退り、マレーリーは滾る想いを叫びながらにじり寄ってくる。
「わわわっ、やめろ! 私にそれ以上近付くんじゃない!」
侯爵は手で追い払うような仕草を見せたが、マレーリーは負けじと間合いを詰めた。
「何で、僕じゃダメなんですかぁ?!」
「私は男には興味ないんだ! う、うわぁ、だから近付くんじゃないっ!」
2人はベッドの上で激しい揉み合いになった。侯爵のそっち方面の貞操を賭けた必死の攻防の末、体格と力で勝る侯爵がマレーリーを昏倒させる。
「はぁ、はぁ……助かった……」
侯爵は白目を剥いて倒れているマレーリーを眼下に置き、肩で息をしながら呟いた。肌けた服と乱れた髪に虚しさを覚える。
「これがマリアだったら、歓迎したのに……」
結局、馬車も出せない嵐の中、侯爵は忘れられない悪夢とともに、旧アジャーニ邸を後にした。
後日、侯爵が例の小瓶の中身を調べてみると、それは性的欲求を高める薬、いわゆる媚薬だった。試しに彼も数滴たらして飲んでみたところ、独特の渋みがあり、そのままだと飲みにくい。故にマレーリーはワインにまぜて、偽装を試みたのだと思料される。
ちなみにその薬効は凄まじく、自分の譲れない好みとか、男とか女とか、その欲望の前では大切なことがすべてふっ飛んでしまうような、とんでもない代物だった。侯爵もその手の薬は、かつて恋人と飲んで楽しんだことはあったが、それらの比ではない。
彼はあの日それを口にしていたら、どうなっていたかと思うと、寒くもないのに身体が震えて仕方なかった。




