198 元気になる薬
凄む侯爵を前に、マレーリーは狼狽していた。あたふたと脳内から言い訳を引っ張り出す。
「敢えて言うならば、元気になる薬です、かね……? あ! ほら、だって、侯爵様は職場で僕と目が合うと、いつも深々とため息をつくじゃないですか。あれはきっと、相当疲れが溜まっているっていう証拠だと思います!」
「君の仕事がいい加減過ぎて、ため息しか出ないだけだ。人の心配する前に、まずまともな仕事をしろ。毎回毎回フォローするのは私たちだ」
マレーリーの声は上擦っていたが、侯爵はあくまでも冷静だった。優秀な方の部下と分かち合った様々な苦労を思い出し、またため息をつく。
「はははは、あのため息は僕のせいだったんですか。じゃあなおさら、迷惑をかけているお詫びに、それを飲んで元気になって下さい!」
マレーリーの反省しない態度に、侯爵は言いようのない脱力感に襲われた。眼前の無能な部下に冷たい一瞥をくれた後、彼は疑惑のワインに目を落とす。
「それなら、君がこれを飲めばいい。明日からまともな仕事ができるように、気力を充実させろ」
「えー、僕が飲むんですか? いやぁ、僕が飲んでも意味ないんだけどなぁ。飲んだことあるし……。あ! それなら、僕が飲んだ後に、侯爵様も飲んでくれますか?」
「ああ、安全を確認したら、私も飲んでやる」
マレーリーはそれを聞き、喜色満面で一気にワインを飲み干した。
「ほーら、元気元気、安全安全!」
マレーリーは薄っぺらな身体を反らし、得意げに力こぶをつくるようなポーズをとった。
「毒の類いではないようだな」
「僕が侯爵様に毒なんて飲ませる訳ないでしょ」
「そのようだな、だが、これは私が預かっておく」
「ええっ、その前に飲んで下さい! 約束、しましたよね?」
マレーリーが泣きそうな勢いで懇願するのを、侯爵は鼻で嗤った。
「安全が確認できたら、と言ったはずだ。君の身体で試しただけでは、安全とは言えない。成分はこちらできちんと調べさせてもらう」
「そんな、殺生な……」
「興が削がれた。私はもう休む」
没収した小瓶を手で弄びながら、侯爵は用意されたゲストルームに向かった。
忘れられない悪夢が待っているとはつゆ知らず……。