197 疑惑のワイン
BL風味のR15です。
誘いにのった侯爵が、マレーリーと客間でワインを味わっていたときだった。
「ああああー!」
突然マレーリーが美しい面差しに似つかわしくない野太い声をあげ、窓の外を指し示す。
しかし窓の外は暗闇に打ちつける雨ばかりで、何も見当たらなかった。稲光が時折、殺風景な庭園を白く浮かび上がらせるだけだ。
「……何だ。騒々しい」
「あれ! あれは、何でしょう! ほら、あれを見て下さい!」
まったく関心を示さない侯爵の背中をぐいぐいと窓辺に押しやり、マレーリーは強引に侯爵の顔を外に向けさせる。
見るべきところもなく、侯爵が再び部屋に視線を戻すと、マレーリーが絵画のような完璧な笑顔で立っていた。
「なんか僕の勘違いだったみたいです! 外で何か動いたような気がしたんですけど」
「……そのようだな」
「すみません、侯爵様。さぁ、気を取り直して、美味しいワインを召し上がってください!」
侯爵は自分のもつワイングラスを見つめた。そしてそれを、マレーリーの前に突き出す。
「これは、君が飲め」
マレーリーは笑顔のまま、冷や汗を浮かべた。口の端がひくついている。
「そんな! 僕は自分のワインがありますから、それは侯爵様が飲んでくださいよー」
取れそうなほど首を横にふったマレーリーは、明らかに動揺していた。そんな彼を侯爵は胡乱な目で見つめる。
「今、私のワインに何か入れただろう」
「はっ! まったくもって、何のことだか僕にはさっぱり……。気のせいですよ、気のせい!」
ヘラヘラとマレーリーがとぼけるが、落ち着かなく泳いでいる目はごまかせない。
マレーリーは侯爵のワインに何らかの液体を入れていた。いつもは右手でグラスをもつマレーリーがなぜか左手でもち、奇声をあげた時点で警戒していたのだが、それ以前にマレーリーは致命的なミスを犯していた。
「窓ガラスに全部映っていたぞ。君が私のワインに何か液体を垂らしている姿も何もかも」
「ぎくり……」
「今、懐に入れたものを出せ」
「嫌だなぁ、侯爵様……何にも入っていませんよ」
外は暗く室内が明るいので、部屋の様子が窓ガラスに反射するのは自然の摂理だが、マレーリーはそこまで頭が回らなかったらしい。
「あ……あ……」
侯爵がマレーリーの懐を無理やりまさぐると、マレーリーの口から色っぽい吐息が漏れた。その熱い吐息が耳にかかり、侯爵は眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰したような表情をする。
マレーリーの懐からは、ラベルも何もない紫色の怪しい小瓶が出てきた。中身は4分の3くらい残っていて、瓶の口は小さく、一滴一滴足らして使うようだ。
「これは、何だ?」
侯爵のドスのきいた低い声が響いて、2人の間に緊張が走った。