194 不本意な扱い
「躾……?」
「聞こえていたのか? いや、マリアは本当によく手懐けられているな、と感心してしまってね」
「手懐けられる……?」
マリアは侯爵の失礼な物言いに真意をはかりかねて反芻したが、侯爵はただルーファスに従順すぎる彼女に苛立っていただけだった。
もともとマリアとルーファスの間には直接の主従関係はないものの、本来の上下関係はマリアの方が上のはずだ。なぜならば、彼女は貴族令嬢で、ルーファスは王宮騎士の仕事の傍ら、世話になっている屋敷のお嬢様の護衛も、兼ねて請け負っていた立場に過ぎない。
だからいくら恋人関係に発展したとしても、一心にルーファスを慕って約束を守ろうとするマリアが、あまりにも健気で憎らしい。
だから侯爵はマリアとルーファスの関係を揶揄してみせたのだった。可愛らしい彼女が悪い男に誑かされて言いなりになっていると、強烈な皮肉を込めて。
「あの男に飼い慣らされる必要はない。黙っていれば、少しくらい飲んでもバレやしないさ」
侯爵は柔和な微笑みでそっと囁いた。
マリアは悪魔の誘惑に黙ってしまった。侯爵は確かな感触を得て、にんまりと口の端を持ち上げる。彼女が徐に口を開いたときには、誘惑が成功したのを確信した……はずだった。
「侯爵様は私を猛獣か何かだと思っていませんか?」
「……マリアが猛獣? 言っていることがよくわからない」
「躾とか手懐けるとか……私、お酒を飲んでもそんなに暴れたりしないです。侯爵様にも絶対に何かしたりなんかしません! 叩いたりとか、つねったりとか、引っ掻いたりとか……」
「いや、なんか話の方向が間違ってるな……」
「そんなにご心配なら、なぜそんなにお酒を勧めるんですか?」
嫌みが通じていなかったばかりか、温厚な彼女を怒らせてしまったことに、侯爵は珍しく慌てた。お別れのディナー自体が無くなってしまっては元も子もない。
「気分を害したのなら謝るよ。だが、君と同じものを食べて、同じものを飲みたいんだ。少しくらいいいだろう?」
彼がまだ諦めずに誘ってくるので、さすがの彼女も不審に思った。
「あの……侯爵様は何を考えてらっしゃるんですか? やけに私にお酒をお勧めになって……」
そこで彼女は一瞬息を止めた。そうして、彼の顔を不安そうに見つめる。
「まさか、また何か企んでいませんか?」
ルビは丁寧にふるようにしてます。邪魔だったらごめんなさい(>_<)