193 彼との約束
マリアはルーファスのことを、この世で1番信頼していた。信頼すべき唯一の身内である叔父が残念な感じだったので、彼女がルーファスに信頼を寄せるようになったのは極めて自然な流れだった。
彼女にとってルーファスは、絶対的な守護者であると同時に、羅針盤のように彼女の行き道を定めてくれる存在でもあった。彼女はいつでも彼の広い背中を追いかけてきた気がする。
だからその彼が「酒を飲むな」と言えば、飲むという選択肢は彼女の中に現れもしない。彼がそう言うということは、間違いなく、それなりの意味があると信じられるからだ。
そのためマリアは、お酒には付き合えないことを侯爵に伝えなければならなかった。
「あの……実は、私、お酒にすごく弱いみたいで、飲まないことにしているんです」
既にワインの銘柄について頭の内で吟味していた彼は、怪訝な視線を彼女に送る。
「たとえ弱くても、家でならいくら酔っても問題ないだろう? 飲ませる以上は、何があっても私が最後までマリアの面倒を見るから心配しなくていい」
「でも、侯爵様にご迷惑をおかけするといけないので……」
優しさから言葉を濁すマリアを見て、侯爵はわざとらしく落ち込んで見せた。肩を竦めてつまらなさそうに言う。
「どうせルーファスから止められているんだろう。違うのか?」
「はい……。でも本当に弱いので、私も飲むのは怖いんです」
「万が一君が酔ってしまって、私に何かしたとしても、気にしなくていい。私もそんなに飲むつもりはない」
無礼を働くことを想定しているかのような彼の言葉に、彼女は複雑な気分になった。
「やっぱり何か粗相があってはいけないので、止めておきます」
マリアが再度辞退の意思を伝えたのに対し、なぜか侯爵は諦めない。
「今はルーファスがいないのだから、私があの男の代わりだと思って、言うことを聞いてもいいんじゃないか?」
「でも、離れているからこそ、ルーファスとの約束は守ります」
なおも追い縋る侯爵に向けて、彼女はようやく明確に言い切った。
押し問答の末、埒が明かないと踏んだのか彼がため息をつく。流されやすそうなか弱い容姿とは裏腹に、彼女の固い決意はテコでも動きそうにないと悟ったらしい。
「……随分、あの男に躾されているんだな」
侯爵は微妙な表情を浮かべ、ほんの幽かに呟いた。
ちょっと不穏な流れになってきましたが、見守ってください。侯爵の言葉は深読みでお願いします(^^; 「何」って何?