192 3日目の夜に
「喜んでいただけたなら、うれしいですけど……。そんなに良い案でしたか?」
「ああ、名案だ。元気になれそうな気がする」
マリアは侯爵が見せた予想以上の反応に戸惑ったが、彼が元気を取り戻してくれたことにひとまず胸を撫で下ろした。
ただあまりに期待が大きいと、彼が満足できるような思い出をつくってあげられる自信がない。彼の要望は可能な限り、受け入れる心づもりで、彼女は話を詰めることにした。
「具体的にはどうしましょうか? 今更逃げませんから、お出かけでもしますか? 車椅子に乗られるのなら私が押しますし、侯爵様が楽しめるように何でもお手伝いさせていただきます」
「何でも、か……。それなら3日目の夜に、マリアとお別れの食事会をしたいな」
侯爵からの欲のない提案に、マリアは小鳥のように小首を傾げた。たしかに彼は病床に臥していたため、食事らしい食事は取れていなかった。流し込まれる最低限の栄養と水分は味気ないものだっただろう。だから今の彼にとっては何よりのご褒美なのかもしれないが、彼女は何となく肩透かしをくらった気分だった。
「家でディナーをご一緒するということで、よろしいですか?」
彼が首肯したのを見て、彼女はせめて心のこもったものにしたいと、その準備について素早く頭を巡らせる。
まだ使用人たちは戻って来ていないから、マリアとサクラで準備しなければならない。お別れの日に相応しい晩餐にするためには、メニューの選定も含めてそれなりの支度が要りそうだ。
彼女が真剣に考えているのを見て、侯爵は目を細めた。好きな女が自分のために、あれこれ考えてくれるのはうれしいものだ。
「マリアと美味しいワインで乾杯したいんだ。うちには食事に合う年代物の貴重なワインがある。君の生まれた年のもあるはずだ。私がいくつか選んでおこう」
「ワイン……。侯爵様はワインがお好きなんですか?」
「嗜む程度にはね」
「そう……なんですね……」
マリアは、ルーファスとデリシーが出会いのときと別れのとき、一緒に酒を飲んでいたことを思い出した。大人は節目や何かを分かち合うとき、酒を酌み交わすことが多いのだろう。
しかし彼女はすぐに酔ってしまうため、ルーファスから飲むのを止められていた。
嗜む程度って謙遜する人は、大体強いです。