191 最後の思い出を
「でも、良かった……。もうすぐルーファスに会えるのね……」
マリアが安堵の気持ちから、花開くような可憐な微笑みを浮かべた刹那、侯爵はわずかに悲しそうに顔を歪めた。それはとても一瞬のことで、すぐに彼は穏やかな大人の顔に戻る。
しかし彼女にはその一瞬の翳りこそが、彼の本心であると気付いてしまった。方法こそ間違っていたが、彼の想いは真剣そのものだったから。
「あの……僭越ながら、離れていても侯爵様の幸せをずっとお祈りさせていただきます。だから……その……元気を出してください」
想いに応えられないマリアは、侯爵に何を言うべきかわからず、上手く言葉が紡げなかった。
「マリアと過ごした日々は夢のように幸せだったよ。でももうそろそろ夢から覚めて、現実に戻らないといけない。その時が来ただけだ……」
どこか遠くを眺めながら、彼がしんみりと呟いた。
「侯爵様……」
「それでも、思い出に浸ることくらいは、どうか許してほしい」
彼の声は切なさで満ち、その場が重苦しい雰囲気に包まれる。彼女は責任を感じ、どうしたものかと思考を巡らせた。自己評価が低い彼女は、彼からされたことは別として、こんな自分を好きになってくれた人と悲しい別れをしたくなかった。
しばらく黙考していたマリアは、突然明るい声をあげる。
「そうだわ! 残りの3日間で楽しい思い出をつくりましょう!」
「思い出?」
「たくさんお話したり、どこかにお出かけしたり、何でも良いんです。思い出したときに、幸せな気持ちになれる思い出をつくりませんか?」
彼女は新しい遊びを思いついた子どものように、アクアマリンの瞳を煌めかせた。
「……」
「……ダメですか? 元気、出ませんか?」
マリアは心配そうに侯爵の様子を窺った。
「いや、いいかもしれない……。むしろ、すごく良い案だよ、マリア。それを君から言い出してくれたことに、非常に意味がある」
侯爵は先程までの憂いなど微塵も感じさせない、とても良い笑顔になっていた。




