190 爪痕
侯爵は目の前にいる美しい少女が心配でたまらない。
「それで、私の話はわかったのか?」
「はい……たぶん……」
マリアは至極まともなことを言う彼に意識が奪われてしまい、実は途中からほとんど内容が頭に入ってこなかった。しかしそれを誤魔化して、彼女は曖昧に返答する。
「なぜそんな呆けたような顔をしていたんだ」
「あの……侯爵様って、婚約を迫って私を監禁したり、お着替えのときも側で監視したりして、正直ちょっと変態っぽいなって思っていたんです……。でもこうして……私のことを真剣に心配してくださるのを見ると、なんだか驚いてしまって……」
「変態……」
「ごめんなさい、私、侯爵様のことを誤解していたみたいです」
マリアはペコリと頭を下げた。
「ふっ……変態というのは、君の叔父さんみたいな人を言うんだ……」
侯爵は陰を背負って、無駄にかっこいい角度で黄昏る。マリアは身内のマレーリーに与えられた不名誉な称号に狼狽えた。
「あの……叔父が何かしたんでしょうか……?」
「……絶対にマリアには言いたくない」
明確に拒絶されてしまい、彼女はそれ以上聞くことができなかった。とりあえずマレーリーは侯爵の心に、それなりの爪痕を残したようだ。それが恋の成就に結びつくかどうかは別として。
「それにしても、マリアは貧乏生活を送っていた割には、本当に欲がないな。私の周りの女は、金と爵位に目をギラつかせてるのに」
一緒に居られるのはおそらくあと僅かだが、侯爵はマリアが与えてくれた温もりを、生涯忘れられそうになかった。
しかしいつまでもこうしてばかりはいられず、彼は呼び出したコウゲツに先程したためていた手紙を渡した後、再度彼女に向き直った。
「この場所は秘密基地でもなんでもない。ガルディア王国におけるクルーガー侯爵家の別邸として、地図にも普通に載っている。ルーファスならすぐに君を迎えに来るだろう。とりあえず3日間は様子を見ようじゃないか」
叔父さんが侯爵にしたことは秘密です。脳内補完お願いします。