186 煮込みすぎた気持ち
マリアは予期せぬ提案を、現実感もなくただ呆然と聞いていた。侯爵はさみしそうに微笑んでいたが、その笑顔は何かを覚悟しているようにも見える。
「急にどうして……」
マリアは心のままに疑問をぶつけた。
「うれしくないのかい?」
「それは、もちろんうれしいです。でも……どういう心境の変化があったんですか?」
彼はまたもとの真剣な表情に戻り、口元を引き締めた。
「君にはひどいことをして、今まで本当に済まなかったね。それなのに君はいつでも私を気遣い、死の淵にいた私を懸命に看病してくれた。心から感謝している」
彼は自分に言い聞かせるかのように、1つ1つの言葉を噛みしめてゆっくりと話す。
「目を覚ましてからずっと考えていたんだ。君に恩返しがしたいと。だから君のためなら、何でもしてあげるつもりだ。君の幸せがルーファスのところにしかないのなら、それでも構わない」
侯爵のマリアに対する想いは、ごちゃごちゃと具材を入れた煮込みすぎたスープのようだった。マリアという至高の花への憧憬と男としての征服欲、誰を抱いても満たされない心の渇き、ルーファスへの対抗心や意地、そういった様々な感情を煮込んだ結果、それは悪臭すら放つ代物になっていた。
自分の気持ちなのに扱いきれない矛盾に、誰よりも彼自身が苦しんでいたのかもしれない。しかし共に過ごした時間の中、マリアが彼に注いだ真心の一滴一滴が、そのスープを変化をもたらした。もう彼は今ならすべて飲み干して、消化することができる。
ただし気持ちの整理のために、侯爵はルーファスと決着をつけるつもりだった。ルーファスが不甲斐なければ、マリアへの未練はどうやっても断ち切れそうにない。
「ありがとう……ございます……」
侯爵の葛藤を知ってか知らずか、マリアはつつけば泣き出しそうな笑顔でお礼を述べた。
「だからあと3日だけ待ってほしい。それまでには私も君を送れる程度には快復しているだろう。ルーファスとも話がしたい」
彼女は異論なく頷いたが、まだ重大な問題が残っていた。