180 密かな決意
看病を終えた後、マリアはサクラにそれとなく聞いてみることにした。サクラに逃げ出すことを悟られてはいけないので、話題の舵取りが難しい。かなり強引に話題をねじ曲げた感じは否めないが、マリアは何とか尋ねることができた。
「ここは貴族街ですよ。王族のお屋敷もここからそう遠くないところにあります。何せクルーガー侯爵家と言えば、アストリア王国の有力貴族ですからね」
サクラは誇らしげに胸をそらして答えてくれる。侯爵が峠を越えたことで気力を取り戻したらしく、今の彼女は頗る上機嫌だ。
「でも、それがどうかしたんですか?」
「えっと、何となく気になって……」
「ふふふ、マリア様は変なことをお聞きになるんですね」
マリアの力に任せた不自然な話題転換も、ご機嫌なサクラは華麗にスルーしてくれたらしい。しかしマリアは努めて平静を装いながらも、内心冷や冷やしていた。思っていることがすぐに表に出てしまう彼女にとって、この手のミッションはかなり困難なものだ。
(心臓に悪くて、これ以上は聞けそうにないわ……。でも、ここが貴族街にあることもわかったし、イザーク様のお屋敷もそう遠くないみたい。本当は私が持ってきた荷物がどこにあるかも知りたかったけれど、大したものも入っていないし、ブラックだけを連れてここから出ましょう)
マリアは胸の中で密やかに、脱出の決意を固めた。