178 快復
献身的な看病を続け、はや2週間ほどが経っていた。発作の回数は劇的に減り、素人目から見ても快方に向かっているのがよくわかる。サクラたちによると、侯爵は時折目を覚ますこともあるらしいが、マリアが看病するときにはいつも彼は眠っていた。
今日もマリアが看病のために侯爵の部屋を訪れると、部屋の中から微かな話し声が聞こえてきた。そのことに気付いた彼女はノックをする手を宙で止める。誰が何を話しているかまではよく聞き取れない。男性の声のようだが、コウゲツとあとは誰だろうか……?
マリアが入りあぐねて扉の前で待っていると、部屋から侯爵の主治医が顔を見せた。どうやら声の主はコウゲツとこの主治医らしい。
「マリア様、ちょうど良いところにいらっしゃいました。今、診察をしていただいたところです」
コウゲツは彼女の姿を認めるとすぐに目尻を下げた。最初はどちらかと言えば取っつきにくい印象だった彼も、今やすっかり好好爺といった風情だ。そのコウゲツの表情はとても明るい。そして主治医もまた、コウゲツ同様にとても晴れやかな顔をしていた。
「ご主人は峠を越えました。ここまでこればもう安心です。ご主人の強運もあるかもしれませんが、何よりも皆さまの心のこもった看病のおかげでしょう。よく頑張りましたね」
主治医の言葉に、マリアの澄んだ瞳から真珠のような涙がハラハラとこぼれ落ちる。
「良かった……本当に……」
彼女は侯爵を病から生還させたことで、父の命を奪った病に勝ったような気がした。それと同時に、彼女の中にあった父を救えなかった罪悪感が今ようやく浄化されていく。
感極まった彼女はそれ以上何も言うことができず、祖父と言っても良い年齢のコウゲツと抱き合って、侯爵の快復を喜んだ。