162 独身証明書
その後もメイドたちは着々とマリアを着飾らせた。髪も器用に結い上げられ、長さが足りない部分には美しい花の髪飾りをつけられた。やがて美の女神も逃げ出すほどの完璧な貴族令嬢が完成し、どこからともなく感嘆のため息がもれた。
侯爵は満足そうに頷き、メイドたちは己の腕前に大いに胸を張った。マリアも鏡で全身を確認させられたが、久しぶりの女性としての格好に浮き立つはずの心は、完全に暗く沈んでいた。
「きれいだよ、マリア」
侯爵がマリアの両肩を抱き、その白い頬に愛しげに顔を寄せる。すっかり打ちのめされていたマリアは急いで侯爵と距離を取ろうとしたが、またしても逆に彼にしっかりと腰を抱かれてしまう。彼女はあまりにも隙だらけの自分に自己嫌悪せざるを得なかった。
「……本当につれないね。女の子は着飾るのが好きだろう? まぁ、マリアは贅沢するようなタイプではないか……。それよりも本来の姿になったことだし、ゆっくりと私たちの将来についての話をしようか」
侯爵は先ほどの客間にマリアを連れていくと、また1枚の別の紙を見せた。
侯爵がマリアに見せたのは彼女の独身証明書だった。ガルディア王国での婚約には独身証明書が必要で、それを用意していなかったため、ルーファスとの正式な婚約ができなかったものだ。マリアたちがほしかったその書類を、侯爵は抜かりなく用意していた。
「それは私の独身証明書……」
「ほう、意外だね。この書類を知っているとは。……つまりは、この国でルーファスと正式に婚約でもしようとしていたのかい?」
「………」
マリアは警戒して答えなかったが、彼は沈黙を肯定と捉えたようだった。仲違いをしたとエドへの手紙にマリアは記していたが、ルーファスは彼女の誤解を解いたばかりか、結婚の話までする関係に進展させたことを、侯爵は瞬時に理解する。
彼はマリアの身体に所有の証をつけたことで興奮していたが、急速に気持ちが冷えきっていくのを感じた。
「あんな男のことは早く忘れてくれ」
マリアは感情のない侯爵の声が怖くて、血の気が失せるほど強くその手を握りしめた。