160 視線
R15です。危険な予感がしたら自己責任で読むのをやめてください。
客間に通されたマリアは、落ち着かない気持ちでイザークを待っていた。長いこと待たされて既に外は薄暗くなり、燭台に火が灯される。
今、マリアが頼れるのはイザークしかいなくて、ルーファスと離ればなれになってしまって塞ぎこむ彼女の気持ちと比例するように、ついつい彼女の顔も俯きがちになっていた。
やがて扉が開く音がして、待ちわびていたマリアは反射的に顔を上げる。
そこに立っていたのは、女性なら誰しもが見惚れてしまうような、見覚えのある優美な男性だった。
「どうして、あなたがここに……」
マリアは彼女の前に佇む男性の姿に、それ以上の言葉が続かなかった。背の高い洗練されたシルエット、余裕のある大人の風格、滲み出る色香。
マリアの前に姿を現したのは、彼女が最も会いたくない人物、ジェイク・クルーガーだった。
「久しぶりだね、マリア」
ジェイク・クルーガーつまりクルーガー侯爵は、憎らしいほどの絵になる笑顔でマリアに話しかける。
「私はイザーク様のところに……」
「ああ、ここに書いてあるところに行くつもりだったんだろう? まさかガルディア王国の王子と知り合いとはね」
彼は長い指でマリアの前に紙を掲げた。それは先程乗っていた馬車の御者に渡したはずの、イザークのサイン入りの通行証だった。
「大切なものは簡単に誰かに渡してはいけないよ」
侯爵はそう言って、マリアの目の前で燭台の火に紙をくべた。彼女の目の前で、大切な紙が炎をあげて黒く染まっていく。
それは彼女の未来までも黒く変えていくようだった。
「侯爵様……なんてことを……」
イザークのもとに行くとルーファスと約束したのに、あれがなければもう行くこともできない。
侯爵は呆然として動けないマリアの横まで静かに歩み寄った。彼女の細い肩に手を置いて、月明かりのようなその金髪を愛しげにすいた。
「可哀想に……。美しい髪を切ってまで、男のふりをさせられるなんて……。
どんな姿でも可愛いけれど、君にはもっとふさわしい格好があるはずだ。私のところに来たからには、もうこんな苦労はさせない」
そうして侯爵はマリアを強く強く抱き締めた。彼からは重く甘い花のような香りがして、その香りに彼女は酔ってしまいそうになる。痛いほどの力で強引に抱き締められているのに、なぜか狂おしいほどの情熱を感じた。
深く愛されているかのような錯覚を覚えてしまったマリアは、そんな自分に寒気がする。
侯爵はそばに控えていた数人のメイドたちに、マリアの着替えを命じた。しずしずとメイドたちが進み出て、侯爵同伴のもとそのままマリアは別室へと連れていかれた。
監視のつもりなのか侯爵の目の前で着替えをさせられる。
どうしてもルーファス以外に肌を晒したくなかったマリアは、侯爵に部屋から出ていってほしいと懇願したが、彼は聞く耳をもたなかった。
それどころか彼の視線は余すことなくマリアに注がれていた。彼女は侯爵に視線で犯されているような気がして、恥ずかしくてたまらない。
彼女の初々しい身体は羞恥で薄桃色に染まり、彼の目を避けるように背中を向けようとするが、メイドたちに囲まれていて身動きをとることもかなわなかった。