155 ふたりきり
王子であるイザークの屋敷は当然ながら貴族街にあって、そこに至る橋は夕方には封鎖されてしまう。貧富の差が大きいシュバルツでは、貴族街との出入りが厳密に管理されていた。
その一方で、平民街とスラム「アンダーシュバルツ」は平民街の住みにくい環境の悪いところに、まるで病巣のように複雑に広がっていた。
そのため誤って足を踏み入れてしまった旅行者が、犯罪に巻き込まれてしまうことも多いという。
ルーファスは貴族街にほど近い場所にある宿を選んだ。アンダーシュバルツにいたことのある彼は、貴族街に近いほど治安が良いことを知っていたからだ。
「今日からまた2人きりだから、あなたと同じお部屋なのね」
「マリアは監視しておかないと危なっかしいからな」
ルーファスに頭をポンポンと撫でられ、マリアは可愛らしくむくれた。
「もう……危険人物みたいに言わないで」
そうは言いながらも、あんなことがあった翌日に部屋に2人きりになるのはどうしても緊張してしまう。
部屋につくまで不自然に無言になっているマリアを見て、ルーファスは気遣わしげに話しかけた。
「大丈夫か? とりあえずあたたかいものでも食べて休もうか」
「………」
「マリア?」
「え!? そ、そうね! 食べましょう」
あからさまに動揺しているマリアに、ルーファスはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「そんなに早くから緊張しなくてもいいだろう。夜は長いんだから」
彼女は彼の意味深な発言に胸をざわつかせた。赤くなりながら、小さな声で聞き返す。
「それはどういう意味で……」
「さあ? ほら、行くぞ」
ルーファスは答えてはくれず、軽くマリアを振り返って先に行ってしまう。彼女は速まる鼓動をもて余しながら、小走りで彼を追いかけた。