15 夕食を豪華にしていいよ
マクシミリアン商会に行くドリーを玄関先まで見送ったマリアは、すっかり着なれたエプロンに袖を通す。
「さて、と。私はお夕食の仕度ね」
マリアは家事全般をドリーと協力してこなしていたが、街に出ることだけは、王宮騎士になったルーファスが護衛につかなければ行かせてもらえなかった。一見平和な王都ミンスターにも、危険の種はそこかしこに転がっている。
そして、かつては使用人たちも含めると数十人と住人がいたアジャーニ邸も、今や叔父のマレーリー、セバスとドリー、エド、ルーファス、マリアの6人だけになっていた。しかも全員が揃うことはほとんどない。
しかし少人数だからこそ、皆でひとつの食卓を囲むことができる。マリアにとって、その時間は至福の一時に違いなかった。
マリアは幼い頃から、お菓子づくりなどで厨房によく出入りしていたこともあり、ドリー仕込の家庭料理の腕はなかなかのものになっている。
彼女がいつものように厨房の方に向かおうとすると、ホールの階段から叔父のマレーリーが降りてくるのが見えた。
彼はいつもにこやかである、たとえその身が借金にまみれていたとしても。
「やぁやぁマリア! 今から夕食をつくるのかい?」
この叔父は明日世界が滅ぶとしても笑っているのではないかと、マリアはある意味羨ましく思いながら答えた。
「えぇ、今日は全員揃うから、早目に準備しようと思って……」
マリアが答えると、「そうかそうか」と頷きながら、マレーリーは上機嫌で言った。
「それなら、今日の夕食は豪華にしていいよ! 珍しく皆が揃うんだし、臨時でお金が入ってねぇ。街で上等な肉でも買ってきてくれ!」
叔父はマリアの前まで来て、懐の財布から金を取り出し、彼女に手渡した。彼女はそれを受けとるものの、1人で街に行くことは許されていない。
どうしようかと思案していたとき、望んでいた人の声がした。
「お嬢様、ただいま帰りました。買い物なら私がお付き合い致します」
王宮騎士の仕事を終えたルーファスが帰ってきたのだ。