146 叔父の大好きな人
「ルーファスは叔父様のお相手を知っているの? その女性とは、身分差とか……何か結ばれないような重大な問題があるの?」
マリアの父ギルバートは、後に妻となるエレノアとの身分違いの恋に苦しんだという。結果として2人は結ばれたからこそ、今こうしてマリアがこの世に生を受けたのだが、彼らが幸せになるまでには色々な苦労があったようだ。
そもそも曲がりなりにも王家の血を引く生粋の貴族令嬢マリアと、王宮騎士になったとはいえ商家の出身であるルーファスも、本来ならば身分違いだ。
「どうしようもできないくらい、大きな問題がある。だからマレーリー様の恋は叶わない。そもそも頭が空っぽのマレーリー様が、マリアとクルーガー侯爵との結婚だけは頑なに許さなかった理由がわからないか」
「お父様の遺言があったからでしょう?」
「それは違う。あの人は人柄は本当に良いが、それ以上に忘れっぽくてうっかり者だ。遺言のことは覚えていても、いざというときには無自覚に忘れるだろう。約束を守ろうとする気概は人1倍あっても、なぜか守れないのがあの人の凄いところだ。本人に悪気は一切ないみたいだから、あれは一種の才能かもしれない……」
ずいぶんな言い草だが、マリアにも『遺言のことなんてすっかり忘れていたよ。ごめん、マリア、あははは』という叔父の軽薄な言葉が聞こえてくる気がしたので、否定できなかった。ルーファスの言う通り、たしかに叔父はそういうタイプだ。
だからこそアジャーニ家は没落したのだ。色んな人に何度も騙されたのに、マレーリーは一向に学習しなかった。いや、学習したつもりでも、うまい話があれば、たちどころにそんなことは頭から飛んでいってしまうという方が、むしろ正しい表現だろうか。
「クルーガー侯爵はマリアを手に入れるために、今までも色々な策略を巡らせてきた。それなのに、あのマレーリー様が後見している間、マリアを侯爵の魔の手から守りきれたのはおかしいと思わなかったのか?」
「考えたこともなかったわ……。叔父様は私にそんなことは一言も言わなかったもの。でもそのことと叔父様の恋が叶わないことには、どういう関係があるの?」
まだわからないマリアに、ルーファスははっきりと真実を突きつけた。
「マレーリー様の恋の相手は、クルーガー侯爵だ」
「……え」
マリアは一瞬、呼吸をすることさえも忘れた。