143 もう少しだけ
ルーファスはマリアを連れて一直線に彼の部屋に戻った。彼女の手首をつかむその強い力が、彼の怒りを体現しているようだった。
部屋につくとすぐに、マリアはルーファスに無言でベッドに座らされる。座った状態で背の高いルーファスに見下ろされると、威圧感がとんでもなかった。マリアは居たたまれない気持ちで、おそるおそる彼にお願いしてみる。
「あの……あなたも座って……?」
マリアはルーファスの腕を引き、隣に座らせようとしたが、彼はびくともしなかった。その代わりに固い声が返ってくる。
「なぜ部屋から出た? もう夜遅いことくらいわかるだろう。さっきは本当に間に合わなくてもおかしくなかったんだぞ」
たしかにマリアは考えなしに行動してしまって、もう少しで取り返しのつかないことになるところだった。彼女はすぐに謝って、彼に正直な気持ちを伝える。
「ごめんなさい……。でも、目が覚めたときにひとりぼっちでさみしくなってしまって……。ねぇ、隣に座って?」
どんなにルーファスが怒っていても、マリアは彼がそばにいるだけで安心した。彼女はもう一度彼の手を引いてベッドに座らせると、甘えるようにその広い胸に頬を寄せた。危機感のないマリアの様子に、ルーファスはその端正な顔を曇らせる。
「俺が怒っていることくらい、さすがにわかるよな?」
「えぇ、わかっているわ。だけど離れていたから、少しでもあなたの近くにいたいの。それに私のことを婚約者って言ってくれたのが……とてもうれしかったから」
ルーファスはそんなマリアに呆れてしまい、怒っている自分が虚しくなってくる。
「離れていたのはほんの少しの間だろう。それに口約束とはいえ将来を誓い合っているんだから、婚約者として扱うのは当然のことだと思うが……。それよりもお前が危機感なさすぎて、怒る気も失せた……。とりあえず、しばらく酒は飲むなよ」
「怒ってくれないの?」
「怒られたいのか? まぁ、お前はそういうタイプだよな。でも今日はもう休め」
そしてすぐにルーファスは湯浴みの準備をしてくれた。先に済ませたマリアを紳士的に部屋まで送ろうとする彼に、彼女は遠慮がちにお願いしてみる。
「まだデリシーさん、戻っていないわよね? 目も覚めてしまったし、さみしいから……もう少しだけここにいてもいい?」
「そういうタイプ」、Mってことです……。