137 お酒を飲んでみたい
タンガロイ湖畔で随一の保養地であるレーニエは、とても優美な街だった。そのため街を流れる雰囲気も落ち着いていてどこか貴族的だ。道行く人たちも品が良く、整った身だしなみをしている。
今夜はイザークが紹介してくれた宿に宿泊することになっているが、そこはガルディア王国の王宮関係者の常宿らしく、マリアたちが今まで泊まった宿の中では文句なしに1番立派だった。
「なんだか場違いね。でもさすがにマリアちゃんとルーファスは違和感ないわね」
デリシーが居心地が悪そうに呟く。それに比べるとデリシーの言う通り、貴族出身のマリアと王宮騎士だったルーファスは自然に馴染んでいた。
食堂で夕食を取っていると、余興として吟遊詩人による華麗な演奏が始まった。今までの宿にはそういった娯楽はなかったから、時には勇猛に、時にはもの悲しく紡がれる吟遊詩人の流麗な調べに、思わずマリアたちは食事の手を止めて聞き入ってしまう。
吟遊詩人は、英雄譚から恋物語まで、聴衆を飽きさせることなく演奏し、食堂は彼の雰囲気にすっかり飲みこまれていた。
吟遊詩人は中性的な男性で、名をハンスと言うらしい。マリアは彼の雰囲気がどことなくマレーリーに似ていると思った。ハンスは演奏終了後、チップを集めに各テーブルを回る。マリアたちのテーブルにも来たので、ルーファスが代表してチップを渡すと、彼は誰しも見惚れてしまうような美しい微笑みを浮かべ、恭しく礼をした。
既に食事をしながら酒も楽しんでいたデリシーだったが、吟遊詩人の演奏に気分が乗ってきたのか、またメニュー表を開いた。
「ここはお酒の酒類もたくさんあって、まだまだ飲み足りないわ。ルーファス、今夜は付き合いなさいよ」
デリシーは有無を言わせぬ口調で、ルーファスの前にメニュー表を突き出した。
「朝までは付き合わないからな」
彼は口ではそう言いながらも、メニュー表に目を落とす。そんな2人の様子を見て、マリアがおそるおそる口を開いた。
「ねぇ、ルーファス。私ももう大人だし、お酒を飲んでみたいわ。……飲んでも、良い?」
この世界では16歳は成人扱いです。